ここから本文です。
リサーチペーパー 第19号
タイトル
労働力調査のパネル構造を用いた失業・就業からの推移分析
著者 (原稿執筆時の所属)
永瀬 伸子 (お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授)
水落 正明 (三重大学人文学部准教授)
刊行年月
2009年10月
要旨
本稿は、労働力調査が4回同じ住居を訪問するというパネル構造を利用し、1ヶ月後、1年後の就業状態変化を分析した。この様な労働力調査のパネル設計はこれまでどおりのものであるが、2002年の労働力調査の調査票設計の変更により、学歴や賃金、夫所得など特定票にある情報をつなげる分析が可能となった。
前半では、住戸を抽出単位とする労働力調査において、どの程度パネル調査としての追跡が実現されているかを検討した。全体に追跡は8割程度あるが、40歳以上の男女、世帯主の妻はほぼ9割の追跡が実現できている。失業者については8割弱に追跡が下がる。パネル作成により従来不可能であった1か月の学歴別推移確率データを得ることができ、1年後の推移確率も示すことが可能となった。またパネル作成によって、4期目の回顧による1年前の失業状態と、実査による1年前の失業状態とを比較すると、男性は75%程度一致するが、女性は6割強であり、非労働力とカウントされる女性が多い。女性については求職活動の期間を長くとるほど、失業が男性以上に増える可能性が示唆される。検討の結果、中高年、世帯主の妻など定住志向の強い者については初回の回収の偏りがすくないだけに、9割程度の追跡というきわめて良質なパネルデータが作成されたと考えられる。ただし若年層については住居移動による仕事探しも少なくないが、これをとらえられていないという点について、注意も必要である。
作成されたパネルデータを用いて、64歳以下男女について、2003年から2007年の1ヶ月間、および1年間の学歴別、年齢階級別の推移確率の移動平均を月別に示した。この結果、高卒男性が仕事を失う確率が2003年に大幅に高まったこと、その後の景気回復期において、失業から就業への移行が増えたが男性よりも女性の上昇幅が高いことなどが示された。このように、若年高卒男性層の労働需要の2003年前後における大幅な減少と、その後景気回復期における非正規雇用への需要拡大が、女性を上回る男性の失業増を引き起こしたとみられる。2003年をピークとする失業は男性若年高卒層にもっとも厳しい影響を及ぼした。男性のはいったん失業に入ると、女性ほど早く就業化できないこと、また女性ほどに非労働力化しないこと、この両面から、失業から抜け出しにくい。1年前に失業者であった男性の4割が 1年後にも失業者となっている。米国に比べて、日本は就業、非労、失業などから別状態への移動が少ないということはこれまでも指摘されてきたことであるが、男性は特にいったん失業状態に入ると抜け出すことが難しいことが示された。
定住者が多い世帯主の妻や高齢者については、脱落は1割程度に収まっており、失業者を含め偏りのない良好な1年パネル調査となっていることから、世帯主の妻について、追加的 就業行動と求職意欲喪失行動とを、世帯主の失業、および、失業率との回帰により分析した。 1カ月、1年後の夫婦の就業状態の変化を確認、前者については明確にそうした行動の証左を得た。
キーワード:推移確率、パネル調査、就業意欲喪失仮説、追加的就業仮説