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リサーチペーパー 第23号
タイトル
長期時系列データを用いた長時間労働の分析
−「労働力調査特別調査」及び「労働力調査(詳細集計)」による検証−(Part 2:女性正規雇用者編)
著者 (原稿執筆時の所属)
太田 聰一 (慶應義塾大学経済学部教授)
黒田 祥子 (東京大学社会科学研究所准教授)
玄田 有史 (東京大学社会科学研究所教授)
刊行年月
2010年4月
要旨
本稿では、『労働力調査特別調査』及び『労働力調査(詳細集計)』の個票データ(1986〜2007年)を用いて、壮年女性正規雇用者の労働時間がどのように推移してきたかを観察するとともに、2000年代初頭に顕在化した長時間労働問題の背景把握を試みた。まず、長期時系列で観察すると、壮年女性正規雇用者の労働時間は1990年代末頃から2000年代にかけて若干ながら増加に転じたものの、趨勢的には減少傾向にあり、時短政策導入前の1980年代末時点と比較すると、2000年代の平均週当たり労働時間は統計的にみて有意に2〜3時間程度低かったことが分かった。また、1980年末時点では週当たりの労働時間が45時間未満の女性正規雇用者は40%に満たなかったのに対して、2000年代は55%程度まで上昇していることも確認された。つまり、2000年代に入ってから日本では長時間労働・過労問題が世間の注目を集めたが、女性正規雇用者の労働時間は、平均値でみる限り、着実に低下傾向にあるといえる。ただし、平均労働時間は低下している一方、景気が一層深刻化した1998年以降においては女性正規雇用者にも長時間労働者の割合が増加していることも分かった。2000年代以降の長時間労働の問題は、「(男性)正規雇用者の長時間労働と非正規雇用者の短時間労働」という意味での労働時間の二極化として捉えられる機会が多かったが、本稿の分析結果からは、2000年代初頭には、太田・黒田・玄田[2010]で確認した男性正規雇用者だけでなく、女性正規雇用者の間でも労働時間の二極化が生じていたことが示唆された。つまり、2000年代の長時間労働は、一部の男性正規雇用者だけではなく、一部の女性正規雇用者にも集中した現象であったと指摘できる。なお、2000年代初頭の長時間労働の要因の特定化を試みた結果、当時の一部の女性正規雇用者に観察された長時間労働を規定していたのは、1990年代から急速に普及した成果主義による競争激化と、1990年代末に起こった急激な雇用者数の減少並びに非正規雇用の増加であった可能性が示唆された。2000年代初頭は、従来の不況期では日本の労働市場で観察されてこなかった大規模なリストラや非正規雇用の増加といったドラスティックな変化が、男性正規雇用者だけでなく、一部の女性正規雇用者に対しても長時間労働を促していた可能性がある。