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リサーチペーパー 第22号
タイトル
長期時系列データを用いた長時間労働の分析
−「労働力調査特別調査」及び「労働力調査(詳細集計)」による検証−(Part 1:男性正規雇用者編)
著者 (原稿執筆時の所属)
太田 聰一 (慶應義塾大学経済学部教授)
黒田 祥子 (東京大学社会科学研究所准教授)
玄田 有史 (東京大学社会科学研究所教授)
刊行年月
2010年4月
要旨
本稿では、『労働力調査特別調査』及び『労働力調査(詳細集計)』の個票データ(1986〜2007年)を用いて、壮年男性正規雇用者の労働時間がどのように推移してきたかを観察するとともに、2000年代初頭に顕在化した長時間労働問題の背景把握を試みた。まず、長期時系列で観察すると、2000年代初頭において壮年男性正規雇用者の労働時間は一時的に急速に増加したものの、平均労働時間でみると時短政策導入前の1980年代末頃と比べ、統計的に有意に1時間程度低かったことが分かった。すなわち、2000年代に入り、日本では長時間労働・過労問題が世間の注目を集めたが、データを丹念にみる限りにおいて、当時の男性正規雇用者の労働時間がかつてないほど全体的に底上げされていたというわけではなかったことが示唆される。実際、2000年代初頭においても、壮年男性正規雇用者の3人に1人は週当たり労働時間が45時間未満であった。この割合は、時短政策導入前の1980年代末は4人に1人であり、日本の男性正規雇用者に占める短時間労働者の割合は長期トレンドでみると増加傾向にあるといえる。ただし、2000年代初頭には、短時間労働者が多く存在していた一方、週当たり労働時間が60時間を超える、超長時間労働者の比率も1980年代末に比べて1%程度増加していたことが分かった。つまり当時は、壮年男性正規雇用者の間でも、長時間労働者と短時間労働者の双方が存在していたことが指摘できる。このように、2000年代初頭の長時間労働は、壮年男性正規雇用者全員に当てはまる問題ではなく、一部の労働者に集中した問題であったといえる。加えて特筆すべきは、一部の労働者に長時間労働が観察された2000年代初頭が、景気が過熱した好況期ではなく、景気後退が一層深刻化した時期であったことである。本稿はこの点に注目し、2000年代初頭の長時間労働の要因の特定化を試みた。分析の結果、当時の長時間労働を規定していたのは、1990年代から急速に普及した成果主義による競争激化と、1990年代末に起こった急激な雇用者数の減少・非正規雇用の増加であった可能性が示唆された。