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統計Today No.140
家計調査の「変動調整値」とは?
― 2018年調査方法変更による影響について ―
総務省統計局統計調査部調査企画課長 阿向 泰二郎
家計調査の2018年(平成30年)平均結果がまとまり、2019年2月8日に公表しました。
2018年の家計調査は、同年1月から調査方法を見直し、調査票の中核である家計簿について、調査世帯の記入負担の軽減と記入漏れの防止を図るため、様式を全面的に改めたものを用いています。
この調査方法の変更は、調査の改善をもたらす一方で、結果数値に影響を与える可能性もあり、このため、総務省統計局では、2018年1月分の結果から、家計簿改正前後の結果を比較する「対前年同月増減率」及び「対前月増減率(季節調整値)」について、公表値から算出した値(原数値)のほか、調査方法の変更の影響の有無及び程度を推計し、当該影響による変動を調整した「変動調整値」の公表を併せて行うようにしました。
その2018年1月以降の各月結果でお示しした変動調整値について、12月分結果及び2018年平均結果の公表に合わせて遡及改定を行いました。
本稿では、2018年1月から行った家計簿の主な改正内容、変動調整値の推計方法について解説します。
家計簿の主な改正内容
2018年1月から行った家計簿(調査票)の主な改正は、次のとおりです。
(1)口座入金欄の新設
世帯の主な収入源となる給与や賞与、公的年金等は、現金ではなく口座振込により支払われることが多いことを踏まえ、各世帯員の収入を的確に捉え、かつ記入負担の軽減を図るため、世帯員ごとの口座入金欄のページを新たに設けました。
(2)日次記載欄の拡充・改善
1日標準1ページとしていた日次記載欄については、見開き2ページに改め、現金収入・現金支出欄を1ページ当たり15行から30行に、現金以外の支出欄を10行から30行に拡充しました。また、近年のキャッシュレス化の進展と決済方法の多様化を踏まえ、複雑となっていた家計簿記載方法の簡略化と記入漏れの防止を図るため、現金以外の決済手段についてクレジットカード、電子マネー、商品券、デビットカード、口座間振込等をプリコード化(選択肢化)する改正を行いました。
以上のほかにも、公共料金等の定期的かつ預貯金口座から引き落とされる支払等を対象とした月次記載様式の「口座自動振替による支払」欄の細分化(プリコード項目の追加)、オンライン家計簿の導入などの見直しも行っています。
結果数値への影響と2018年の家計調査
上述の家計簿の改正は、記入負担の軽減と記入漏れの防止を目的としたものであり、従前に比べてより精緻に家計収支を捉えられることが期待される一方で、結果数値を押し上げる影響がある可能性が考えられます。その場合、対前年同月増減率などの前年からの変動を見る指標を単純に算出すると、実態よりも高めの値が出ることとなります。
このため、2018年1月からの調査では、全ての調査世帯で新しい家計簿に切り替えるのではなく、同年12月までの1年間、全国の調査世帯を二分し、約半数の調査世帯で新しい家計簿「家計簿A」を、約半数の調査世帯で引き続き従来の家計簿「家計簿B」を使用して調査を行いました。
図表1 新旧家計簿による調査概念図
これによって、家計簿改正が及ぼす結果数値への影響について、その有無と程度を毎月測定することが可能となるほか、影響がある場合もその影響は半分に抑えられることになります。他方で、「対前年同月増減率」のような前年比較の指標では、
(ア)2018年の調査結果を2017年の調査結果と比較する場合
(イ)2019年の調査結果を2018年の調査結果と比較する場合
の通算2年間(24か月)において、比較結果の値に改正の影響が生じる可能性があります。
このため、(ア)にあっては2018年の調査世帯が全て家計簿Bを用いていたとした場合の集計値を、(イ)にあっては2018年の調査世帯が全て家計簿Aを用いていたとした場合の集計値を、それぞれ統計数理的な方法を用いて推計し、その推計結果を前年(又は翌年)の値と比較することにより家計簿改正の影響を調整した値を算出しています。この家計簿改正の影響を調整した値が「変動調整値」です。
変動調整値の推計方法
家計簿の改正によって生じ得る増加影響の有無及び増加影響を調整した増減率(変動調整値)は、次の手順によって推計しています。
(1)傾向スコアの算出
「家計簿A」又は「家計簿B」を使用する2つの調査世帯群について、それぞれの世帯の属性から次のロジスティック回帰モデルによって傾向スコアを算出します。傾向スコアとは、言わば複数の共変量を一つの変数に集約したものであり、2つの調査世帯群の違いに対する共変量の影響を最小限にして、因果効果を評価するために使われます。
(2)IPW推定量の算出
各月結果に係る消費支出、勤労者世帯にあっては実収入(うち世帯主収入、世帯主の配偶者の収入、他の世帯員収入など)及び非消費支出について、(1)で算出した傾向スコアを用いて、次式の傾向スコアの逆数による重み付け平均値(IPW(Inverse Probability Weighting)推定量)を算出し、家計簿改正による増加影響の有無及び「家計簿A」を使用した調査世帯が「家計簿B」を使用したと仮定した場合の集計値を推定します。
(3)変動調整値の算出
増加影響が検出される場合にはその影響額を原数値から差し引いた額、増加影響が検出されない場合には原数値の額を用いて対前年同月増減率又は対前月増減率の「変動調整値」を算出します。IPW推定量を算出した消費支出、実収入及び非消費支出の内訳については、これらの原数値と内訳の原数値の比率によって影響額を按分し、各内訳の変動調整値としています。
なお、2018年12月分及び2018年平均の集計時に、同年1月から12月までの全てのデータを用いて、12月分及び2018年平均に係る変動調整値を算出するとともに、1月分から11月分までの変動調整値について上記(1)から(3)までの過程の再演算を行い、遡及改定を行いました。
※ 各月の変動調整値の推計においては、当初、1月分から3月分までは当月の調査結果を用いて傾向スコアを算出し、4月分以降は同年1月から当月までの調査結果を用いて傾向スコアを算出しました。その際、4月分以降の傾向スコアの算出では、1月分から調査月までの累積した各月データを用いるに当たって、上記回帰モデル(式1)において調査月のダミー変数を暫定的に右辺第3項に設定した回帰計算を行いましたが、2018年の全月のデータを用いた2018年平均の変動調整値を算出するに当たって回帰モデルを検証した結果、調査月のダミー変数については回帰係数が小さく回帰モデルの説明変数から外す見直しを行いました。
※ 単身世帯については、各月の標本規模が小さく月次結果の推計誤差が大きいことから、まず2018年平均の変動調整値を算出し、これに二人以上の世帯における影響額の年平均値に対する各月の影響額の割合を用いて単身世帯の各月の影響額を算出の上、四半期別の変動調整値を算出しています。総世帯については、二人以上の世帯と単身世帯の影響額から各月の影響額を算出の上、四半期別及び年平均の変動調整値を算出しています。
2018年の変動調整値について
二人以上の世帯の「消費支出」及び同世帯のうち勤労者世帯の「実収入」について、2019年2月8日に取りまとめた2018年各月における「対前年同月増減率」及び2018年平均の「対前年増減率」の原数値及び遡及改定後の変動調整値は、下表のとおりです。
2018年の家計調査結果について、「対前年同月増減率」や「対前年増減率」などを用いられる際は、変動調整値も併せてご覧ください。
なお、2018年の対前年増減率は、家計簿改正による増加の影響が、年平均で消費支出は0.7ポイント、実収入は4.1ポイントあると推察されます。また、原数値と変動調整値の差は、消費支出よりも実収入の方が大きく、家計簿改正の影響又は効果は支出よりも収入において大きかったことが読み取れます。
(単位 : %) | ||||||||||||||
1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年平均 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
消費支出 | 原数値 | 2.0 | 0.1 | -0.2 | -1.3 | -1.4 | -1.2 | 0.4 | 2.8 | -0.5 | 1.0 | 0.3 | 1.9 | 0.3 |
変動調整値 | 1.7 | -0.4 | -0.2 | -1.3 | -3.8 | -1.2 | 0.2 | 2.8 | -1.5 | -0.2 | -0.5 | 0.1 | -0.4 | |
実収入 | 原数値 | -1.5 | 2.3 | 0.5 | 4.1 | 3.4 | 9.1 | 0.2 | 3.6 | 0.9 | 1.2 | 1.8 | 8.8 | 3.5 |
変動調整値 | -4.1 | -2.2 | -3.7 | -0.1 | -0.2 | 4.2 | -1.6 | -0.7 | -1.6 | -3.0 | 0.1 | 2.3 | -0.6 | |
注)消費支出は「二人以上の世帯」に係る値。実収入は「二人以上の世帯」のうち「勤労者世帯」に係る値。 |
2019年の変動調整値について
2019年の調査は、1月から全ての調査世帯で「家計簿A」を用いています。上述しましたように、2019年の調査結果を2018年の調査結果と比較した場合には、比較結果の値に家計簿改正の影響が生じる可能性があります。
このため、2019年各月調査結果においても、次の傾向スコアを用いたIPW推定量によって2018年の調査世帯が全て家計簿Aを用いていたとした場合の集計値を推計し、変動調整値を算出します。
2019年の家計調査の結果についても、各月分の対前年同月増減率については引き続き変動調整値を併せて御利用ください。なお、2019年の変動調整値については、傾向スコア及びIPW推定量の推計モデルの改良を行う場合を除き遡及改定はありません。
(平成31年2月13日)
の項目は、政府統計の総合窓口「e-Stat」掲載の統計表です。