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地方公共団体

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横須賀市経営企画部都市戦略課 政策研究員 鈴木栄之心

EBPMを推進した自治体のメリットは何か? 2018年に「地方公共団体における統計利活用表彰 総務大臣賞」を受賞した横須賀市が取り組んでいる事業効果の検証などについて、具体例をまじえ、紹介します。

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自治体事例に見るEBPM推進のポイント

EBPMを自治体に根づかせるにはどうすればよいか? 職員を巻き込むには? 経済波及効果分析ツールの全庁的活用を実践する横須賀市経営企画部都市戦略課の政策研究員である鈴木栄之心氏に、EBPM推進のポイントについて聞いた。

3つのポイント

  1. 取り組みのすべてについて、業務委託は行わず、職員のみで実施
  2. 政策立案に当たって、事業効果の検証などを行う意識が職員の間に浸透
  3. 分析ツールはあくまでも手段。何を達成したいのかを事前に明確にする

横須賀市のEBPM推進

どのような問題意識で取り組みを始めたのですか?

 横須賀市の取り組みのきっかけについて、観光の分野を事例に説明します。

 観光産業は総合産業と呼ばれるように、宿泊業や飲食サービス、娯楽サービスなど幅広い産業から構成されていますが、これまで観光施策の評価に当たっては、主に来場者数や消費額といった観光産業の一側面を捉えた指標が設定されてきました。

 実際には、横須賀市内で観光サービスが提供されることによって、例えばホテルで使用する布団をクリーニングしたり、飲食店に販売する食材を加工したり、スポーツ施設の運営に必要な消耗品を購入するといったように、様々な経済活動が行われますが、これまではそのような間接的な活動を定量的に捉えることが困難でした。

図1 これまでの観光施策の評価方法

 そのため、市内で大規模なイベントが開催されても、市内経済全体や市内の各産業に対して、どの程度の経済波及効果が生じるのかを分析することはできませんでした。こうした問題意識に加えて、庁内でも、観光の分野などで経済波及効果を分析したいとのニーズが多くあり、取り組みを開始しました。

図2 取り組みの問題意識

どのようにして取り組みを進めていったのですか?

 経済波及効果を分析するためには、産業連関表という統計を作成する必要があります。産業連関表は、国や都道府県、政令指定都市などで作成されている加工統計です。おおむね5年に1度公表されており、作成には4年の歳月と各種調査の実施による多額の費用が必要となります。

 横須賀市内への経済波及効果の分析に当たっては、神奈川県の産業連関表を利用することも可能ですが、その場合、神奈川県と横須賀市の産業構造の違いを反映できず、実態に即した分析とはなりません。とはいえ、多くの時間や予算を投入する財政的な余裕はありません。

 そこで、横須賀市では、神奈川県産業連関表をベースとして簡易的に作成する手法を採用しました。市町村が産業連関表を作成する場合、業務委託によることも多いようですが、本市では、職員が数カ月の時間を掛けて作成しました。

図3 横須賀市産業連関表の作成

 ただし、産業連関表の作成だけでは、経済波及効果の分析を庁内で推進することは困難です。なぜなら、実際の分析には、高度な知識や計算技術の習得が必要になりますが、短期間で職員の専門性を確保することは事実上不可能だからです。そのため、職員誰もが簡単な操作で経済波及効果を分析できるツールを独自に開発する必要がありました。

 分析ツールの開発に当たっては、類似するツールを隈なく参照して、どのようなデザインにすれば見やすいか、どのようにすれば職員の負担を最小限に抑えられるかを考え、実用性の高さを追求しました。開発期間は数カ月です。

図4 取り組みの経過

 分析ツールの開発後は、部長全員が出席する会議や庁内の電子掲示板で幅広く周知したほか、市議会や報道にも発表しました。また、分析ツールの活用マニュアルの作成や、操作研修の実施などによって、職員が実際に分析ツールを目にしたり手にしたりする機会を確保しました。さらに、経済波及効果分析の可否や、分析ツールに入力する数値の根拠設定などについて、随時問い合わせを受けられるようにして、日常的に支援を行う体制も構築しました。

 これらの取り組みを積み重ねることによって、職員が抵抗を感じることなく経済波及効果の分析を行い、事業効果の検証などに取り組める環境を醸成していきました。

図5 分析支援体制の構築

EBPM推進のメリット

職員の意識はどのように変わりましたか?

 取り組みのメリットとしては、政策立案に当たって、事業効果の検証などを行う意識が職員の間に浸透したことが挙げられると思います。具体的には、横須賀市が実施する事業によって、市内のどの産業にどのくらいの効果が生じると推計されるのかを把握する意識が醸成されました。特に、観光の分野では、来場者数が概ね5万人以上のイベントを開催する場合、アンケート調査を実施して経済波及効果の分析を行い、次年度の開催に向けた改善点を把握することが徐々に定着しつつあります。

分析ツールの活用例を教えてください。

 具体例として、2017年から毎年開催されている「ANAウインドサーフィンワールドカップ」をもとに説明します。

 2019年の大会開催に当たり、担当課で着目したのが来場者1人当たりの経済波及効果です。前年の2018年大会における1人当たりの経済波及効果を分析すると、宿泊客は日帰り客の7倍もの効果があることが分かりました。

 そこで、担当課では、2019年大会の市内での宿泊割合を増加させるために、主に2つの取り組みを行いました。1つ目に、大会の開催について、これまでよりも広い範囲でJR線内に広告を掲載しました。2つ目に、ウインドサーフィンの専門雑誌で大会の開催を周知しました。実際に横須賀市に宿泊する客層は、ほとんどが神奈川県外の方ですので、従来よりも幅広く周知する必要があったのです。

図6 経済波及効果分析ツールの活用例

 その結果、2019年大会では、市内での宿泊割合が2018年大会から1.8%増加しました。これにより、日帰り客数が前年比の1.6倍であったのに対して、宿泊客数は2.4倍増加しました。もちろん、このような結果につながったのは、分析ツールの活用が全てではありませんが、一定の貢献をすることができたと考えています。

図7 分析ツールの活用成果

自治体へのアドバイス

他の自治体ではどのように取り組みを進めていけばよいでしょうか?

 現在、「Data StaRt」には、EBPMの先進事例として様々な自治体による取り組みが掲載されています。それらの中には、ExcelやGISなどのツールを活用した事例もあれば、API機能を利用して独自のアプリを開発した事例もあります。また、回帰分析や主成分分析など統計解析手法も様々であり、一見すると自治体が取り組むのにはハードルが高いようにも思えます。しかし、程度の差こそあれ、決して真似することが不可能なものではないと考えています。

 近年では、情報技術の進展により、先進事例の情報にアクセスすることが比較的容易となりました。各自治体の問題意識や取組手法、庁内での合意形成、外部との連携など、取り組みの実態を把握することはそれほど難しいことではありません。そのため、特定の政策課題を抱えているのであれば、その解決に向けてどのような手法が想定されるのかを調査し、まずは一歩踏み出してみることが重要だと思います。

 横須賀市が取り組んでいる産業連関表の作成についても、近年では、都道府県の産業連関表をベースとして簡易的に作成する方法が徐々に普及しています。実際に、学術論文や書籍などで具体的な手法が数多く紹介されており、多くの場合、政府統計の総合窓口「e-Stat」から入手可能な統計データを活用して作成することができます。

 もちろん、簡易的な作成であるため、国や都道府県などの産業連関表と比較すると精度こそ劣りますが、ひとたび作成されれば、地域経済構造の把握やイベント開催などの経済波及効果分析が可能になる点で、自治体のEBPM推進に寄与する有効な手段の1つになります。職員による作成が難しい場合には、近隣の大学など、学術研究機関との連携も想定されます。

 横須賀市のように、庁内での取り組みを推進するに当たって、独自に分析ツールを開発することも効果的だと考えます。その際、注意しなければならないのは、分析ツールはあくまでも手段であり、目的ではないということです。つまり、分析ツールの活用により何を目指すのか、何を達成したいのかを事前に明確にして、そのために必要な取り組みをバックキャスティング(*)の思考で具体化することが重要となります。

 本市では、職員に対して事業効果を検証する意識の醸成を図るために、様々な手段で庁内に周知して、分析ツールの利用を体験する研修を開催しました。また、日常的な支援体制の構築など、職員の抵抗感や不安感を軽減させる環境も整備しました。

 昨今では、自治体のEBPM推進が全国的に叫ばれていますが、各自治体が統計データの利活用をより一層推進して、お互いのノウハウを共有しながら政策課題の解決に向けて動き出していけば、より良い地域社会の実現に貢献できると考えます。

脚注

 * バックキャスティング:
 未来のあるべき姿から逆算して現在の施策を考える発想。これに対して、現状から改善策を重ねていく考え方をフォアキャスティングという。

参考ページ

プロフィール

横須賀市経営企画部都市戦略課 政策研究員 鈴木栄之心 すずきえいのしん

慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。2017年から現職。「第3回地方公共団体における統計利活用表彰」総務大臣賞受賞。「第9回都市調査研究グランプリ(CR-1グランプリ)」最優秀賞受賞。

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