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観光客移動の楕円形化

長野県駒ヶ根市:観光客移動の楕円形化

EBPMブートキャンプ 長野県駒ヶ根市

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研究会の体制

専門家
西本章宏(関西学院大学商学部 教授)
データサイエンティスト
株式会社日本総合研究所 研究員
データ分析アシスタント
株式会社日本総合研究所 研究員
進行管理担当者
株式会社日本総合研究所 研究員
自治体
駒ヶ根市総務部企画振興課、産業部商工観光課
研究会スケジュール
第1回:8月8日 第2回:9月5日 第3回:10月5日 第4回:11月7日 第5回:12月7日 第6回:1月10日

研究概要

課題

観光スポットである山岳・高原エリアから中心市街地への人流創出

駒ヶ根市は夏季の山岳・高原観光が盛んであり、観光客が多く来訪する。その一方で、当該エリアから離れたところにある中心市街地での観光消費額は小さい。また、雨天時・オフシーズン(夏季以外)にはそもそも来訪する観光客数が少なくなる。
こうした状況は課題として把握しているものの、あくまで職員の感覚ベースのものであり、具体的な観光客の属性・消費行動の内容を含めた定量的な把握はできていない。
上記の現状を踏まえ、現状やそれを踏まえた課題をより定量的に把握し、観光スポットである山岳・高原エリアから中心市街地への人流創出に資する施策を検討することを研究課題に設定した。

要約

  • 観光関連施策の効果の関連性を要素ごとに分解し、施策の実施目的を「観光消費額の増加」に設定した。
  • 駒ヶ根市を訪れる観光客の属性や、観光客数を左右する要素を多変量解析(重回帰分析等)やグラフ化し、現状をより詳細かつ定量的に把握した。
  • ターゲットセグメントの設定や、ターゲットセグメントの属性・ニーズの深掘りを実施した。
  • 今後市として実施するべき観光施策の方向性・考え方を、天候・シーズンやエリアごとに仮説として設定した。

課題解決のプロセス

  1. 01現状把握

    • 駒ヶ根市の観光資源・交通アクセスを踏まえた観光目的地・時期の整理
  2. 02目指すべき姿

    • 課題の定量的な認識
    • 駒ヶ根市の特性を踏まえたターゲットの設定
    • データを活用した効果的な施策実施
  3. 03データ収集

    • 市の保有するデータ(フリーWi-Fiアンケート)
    • 地域事業者の保有するデータ(ロープウェイ乗降客数)
    • 有償データ(クレジットカードの決済データ)
  4. 04データ分析

    • Excelを用いた多変量解析(重回帰分析、多重対応分析)の実施
    • グラフによる可視化
  5. 05結果

    • ターゲットセグメントの設定
    • 今後実施するべき観光施策の方向性・考え方の整理
  6. 06今後の取組

    • 今般の検討を踏まえた施策の実施
    • データを用いた施策の確認・改善

利用データ

  • 駒ヶ岳ロープウェイの乗降客数データ(R4.7月〜10月) ※非公開
  • 高原エリアで市が展開するフリーWi-Fiの接続時アンケートデータ
  • 駒ヶ根市内でのカード決済データ(有償データ)

解決プロセスの詳細

01.現状把握

駒ヶ根市は夏季(7月下旬〜8月)の山岳・高原観光が盛んであり、観光客が多く来訪する。しかし、当該エリアから離れたところにある中心市街地での観光消費額は小さい。また、雨天時・オフシーズンにはそもそも来訪する観光客が少なくなってしまう。こうした状況は課題として把握しているものの、あくまで職員の感覚ベースのものであり、具体的な観光客の属性・消費行動の内容を含めた定量的な把握はできていなかった。

特にハイシーズンである夏季の課題は以下のようにとらえていた。

  • 晴天時には観光客の多い高原エリア・山岳エリア(ロープウェイ)で待ち客が発生するなど、観光客のアクティブ率が低下している。
  • 一方で、中心市街地への周遊はあまり見られず、エリアごとの平準化が達成されていない。
  • 雨天時に誘客ができる観光スポットが駒ヶ根市内には乏しい。

これらを踏まえ、まずは現状をより詳細かつ定量的に把握するためにデータの収集・分析を行うこととした。あわせて、把握した現状・課題に対する効果的な打ち手の方向性についても検討することとした。

駒ヶ根市の夏季の観光における現状(イメージ図)

駒ヶ根市の夏季の観光における現状(イメージ図)

02.目指すべき姿

観光関連施策による効果を分解し、それらの関連性を図示した。

これらの結果、まずは「観光消費額の増加」を目標に設定した。それらの達成のために「観光客の増加」「来訪頻度(回数)の増加」「1回あたりの観光消費額の増加」の何に対してアプローチするべきかについて検討を進めることとした。

観光施策の実施によって期待されるあらゆる効果(地域産業振興、観光スポットの魅力向上、観光客の満足度向上、関係人口・交流人口の増加等)は、観光消費額が増加したことによるアウトカムとして位置づけることとした。

観光関連施策による効果の関連性のイメージ

「観光消費額の増加」という目標設定を踏まえ、ターゲットセグメントを設定することとした。山岳・高原エリアに来訪する観光客のうち、登山以外にも地域観光を楽しむことを目的にしているセグメント(登山エンジョイ勢)や、山岳・高原エリアの散策を楽しむセグメント(非登山(散策)勢)をターゲットとして定め、このセグメントの属性やニーズをデータ分析によって明らかにすることとした。

観光消費額の増加

03.データ収集

市が有するデータとして、高原エリアで展開するフリーWi-Fiに接続する際のアンケートの集計データを活用することとした。

更に、事業者の協力の下、山岳エリアの主要な交通手段である「駒ヶ岳ロープウェイ」の乗降客数データを活用した。
※このデータは原則部外秘であるため、本稿では分析の詳細を割愛する。

これらと併せて観光客の消費行動を推定するために、クレジットカードの決済データを購入して活用した。

高原エリアに設置されたWi-Fiルーター(手前の主塔2本の間に設置された白い機器)




高原エリアに設置されたWi-Fiルーター

04.データ分析 

Wi-Fiアンケートデータに対する多重対応分析

観光客についての情報を抽出するために、来訪目的を「仕事」「散歩」「その他」とする人を除いて多重対応分析を実施すると以下のようになった。
その結果、「高原観光」の近くに「50代」「ご夫婦」などの項目が位置する様子が見られた。

Wi-Fiアンケートデータに対する多重対応分析

※多重対応分析…様々なカテゴリからなる変数があるデータに対し、数学的な手法を用い、関係の強そうなものが近くに来るように図示する分析。

ロープウェイ乗降客数の時系列分析

山岳エリアの来訪状況を確認するために、主要な交通手段である駒ヶ岳ロープウェイの乗降客数を分析した。具体的には、令和4年7月〜10月の日次乗降客数について、移動平均によってシーズンごとの傾向を確認したり、天候(雨天/雨天以外)・曜日・イベントの有無(山小屋のオープン、台風等)を説明変数とした重回帰分析によって乗降客数の変動要因を確認した。
その結果、ハイシーズンは従来認識していた夏季(7月下旬〜8月)だけでなく、秋季(9月中旬〜10月中旬)の2回であることが分かった。更に、雨天であるかどうかが来訪客数に大きな影響を及ぼすことが分かった。


クレジットカードの決済データ分析

ハイシーズン(夏季)における天候別(雨天/雨天以外)・来訪地域別(中京圏・首都圏・駒ヶ根市内・近隣市町村・その他)の消費行動を確認するために、クレジットカードの決済データ(三井住友カード株式会社「Custella」)を分析した。
その結果、以下のことが分かった。

  • 「レジャー」の利用者数に着目すると、雨天時の中京圏の比率が低く、首都圏が高い傾向がある。一方で、他の分野(宿泊等)は、雨天時の中京圏の落ち込みはそれほど明確ではない。
  • 雨天時の利用者単価は、基本的に雨天以外時にくらべて低い。一方で、中京圏・首都圏の「宿泊」の利用者単価は雨天時の方が高い。
クレジットカードの決済データ分析 クレジットカードの決済データ分析

05.結果

施策による期待する効果の整理

データ分析の結果を踏まえ、まずはハイシーズンである夏季及び秋季における取組方針を設定した。
夏季について、まずは高原観光の客数向上と単価向上を期待することが良いと考えた。これらの達成のため、山岳観光客を高原観光に引き込むことで高原観光客を増やすことが有効であるとの仮説を立てた。この客数向上に向け、駒ヶ根市の「ファン」になって何度も来訪してもらえる観光客数を向上させるべきであると考えた。更に、地理的に近接している中京圏の観光客に宿泊してもらい、一人当たりの観光消費額(=単価)向上を目指すことが有効であるという仮説を立てた。
次に秋季について、夏季・秋季のピークの谷間にあたる時期(9月上旬〜中旬)に山岳観光をしてもらえるよう、駒ヶ根市の観光資源をアピールするプロモーションが効果的であるという仮説を立てた。具体的には、高低差を活かした紅葉のアピールが望ましいと考えた(駒ヶ岳では山頂と中心市街地・高原エリアの標高の違いによって様々な染まり具合の紅葉を楽しむことができる)。
その他、上記の点を継続的に検討するためのデータが現時点では不足しているということも認識することができた

雨天時の施策方針

ここまでの分析を踏まえて、駒ヶ根市には雨天時の来訪者ニーズを満たす観光施設・目的地が少ないことを改めて認識した。そのため、これまでの「山岳観光」「高原観光」と異なる新たな観光形態の展開を目指すことも効果的であるとの仮説を得た。
具体的には、温泉・工場見学・ガストロノミーツーリズム・雨天時も楽しめるアウトドアアクティビティ等に関して、ターゲットセグメントを踏まえて整備・コンテンツ造成していくことが望ましいと考えた。

駒ヶ根市の観光形態

06.今後の取組

データを活用した仮説の検証

今回の取組の中で把握した現状・課題や設定した施策の方向性を踏まえて実際に施策を展開する。展開した施策の効果をデータを用いて分析・確認し、課題設定・施策方針の検証に活用する。

継続的なデータの収集

市が保有しているデータのみならず、地域事業者との連携によるデータの収集を推進する。
必要となるデータについて、検証したい仮説に基づいて整理する。

参加者の声

研究会への参加・検討を通じて、特に学びが得られた点を教えてください 

施策を考える上で大切にすべき思考、またデータの活用方法、肌感覚の重要性を学べました。上司や同僚、関係する事業者の皆様からお聞きした「感覚的」な観光に関する知見について、今回のEBPMブートキャンプ研究会を経て「あれはその通りだったんだな」、「あれ、肌感覚とデータに基づく事実が異なるな」と様々な気付きを得ることができました。観光に限らず、企画・産業分野は特にそうだと思いますが、「これをやったらよさそう」という感覚や経験則だけで成り立ってしまっていることが多いと感じています。それらはかけがえのない大切な宝だと思いますが、一方で施策を考える上でそれらを可視化しデータ化して蓄積するということをしていなかった、また蓄積していても活用せず宝の持ち腐れ状態になっていることが多かった、と深く反省しました。

研究会への参加・検討を通じて、難しいと感じた点、苦労した点を教えてください 

正直、研究会各回に向けた作業量が多く、またグラフやデータの分析がとても苦手でしたので、株式会社日本総合研究所の研究員の皆様や専門家の西本先生、共に参加した職員には大変ご迷惑もおかけしました。

EBPMを活かした今後の業務への改善点や、意気込みを教えてください 

このEBPMで学んだ方法論や視点は、今後いかなる部署に行き、どんな事業と相対しても大切にしていきたいと思います。

これからデータ利活用に取り組む自治体へ向けてメッセージをお願いします 

スポーツでは「心技体」が大切とされますが、肌感覚は「心」、データは「体」、データの利活用は「技」だと思います。どれか一つが欠けてもダメで、全てが揃って初めて良い施策が生み出されるのではないかと思います。心技体をみんなで磨いていきましょう。

専門家アドバイス
西本章宏

関西学院大学商学部 教授

今回のEBPM研究会として、駒ヶ根市で取り組んだ「観光客移動の楕円形化」へ、今後各地方自治体が取り組んで行く際のアドバイスをぜひお聞かせください。

観光は、各自治体の魅力を対外的に発信できる事業であるがゆえに、多くの成功事例が報告されている。しかし、我々が目の当たりにするそれら成功事例は、各自治体の不断の努力の末に積み重ねられたほんの一部であることを忘れてはならない。各施策の成功確率を高めるためには、地域の居住者と来訪者たちをよく観察することである。データは人々が行動した結果が数字として蓄積されたものであるがゆえに、これらを上手く観察(分析)することができれば、その地域に対する認識の解像度を高め、新たな観光資源を創出できる契機となる。多様なデータを多面的に観察(分析)することができるようになった時代、探索的に観察(分析)を重ねることには限界がある。だからこそ、担当者がこれまで地域と対話してきた経験値を仮説へと昇華させ、検証的にデータを収集・分析することを期待したい。

西本章宏さんの写真

専門家アドバイス
西本章宏

関西学院大学商学部 教授

西本章宏さんの写真

今回のEBPM研究会として、駒ヶ根市で取り組んだ「観光客移動の楕円形化」へ、今後各地方自治体が取り組んで行く際のアドバイスをぜひお聞かせください。

観光は、各自治体の魅力を対外的に発信できる事業であるがゆえに、多くの成功事例が報告されている。しかし、我々が目の当たりにするそれら成功事例は、各自治体の不断の努力の末に積み重ねられたほんの一部であることを忘れてはならない。各施策の成功確率を高めるためには、地域の居住者と来訪者たちをよく観察することである。データは人々が行動した結果が数字として蓄積されたものであるがゆえに、これらを上手く観察(分析)することができれば、その地域に対する認識の解像度を高め、新たな観光資源を創出できる契機となる。多様なデータを多面的に観察(分析)することができるようになった時代、探索的に観察(分析)を重ねることには限界がある。だからこそ、担当者がこれまで地域と対話してきた経験値を仮説へと昇華させ、検証的にデータを収集・分析することを期待したい。

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