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ナッジ

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ナッジ


東北学院大学経済学部 准教授 佐々木周作

近年、政策現場で注目されている「ナッジ」。行動経済学の知見に基づく手法であり、金銭的インセンティブに頼らずに、人々や社会にとってより望ましい行動を選択しやすくすることを目的にしています。「ナッジ」の定義とともに、その具体例や政策に活用する際のヒントを紹介します。

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ナッジの政策活用

そもそもナッジとは何か? ナッジはどのように政策に活用できるのか? 政策に活用する際の留意点は? 行動経済学の専門家であり、政策現場のナッジに詳しい、東北学院大学経済学部准教授 佐々木周作先生に話を聴いた。

3つのポイント

  1. ナッジは、人間の心理や行動特性を踏まえた、望ましい行動を実行しやすくするための手法
  2. ナッジの政策活用を推進する組織「ナッジユニット」が日本でも増えている
  3. ナッジの政策活用には、正確なデータをすぐに入手できる体制と、そのデータを誠実に参照する姿勢が大切

「ナッジ」とは何ですか?

ナッジの定義の紹介

 現在、ナッジという手法が日本の政策現場に取り入れられ始めています。

 ナッジ(nudge)の日本語訳は、「肘でつつく」です。子どもの頃、夏休みの宿題を早く終わらせた方が良いと思っていても、先延ばしをしてなかなか実行できないという経験をもっている方は多かったと思います。何とか計画通りに進めるために、スケジュール表をよく見えるところに貼ってみたり、友人と競争したり、親に頼んでちょっとしたご褒美を設定してもらったりと、細かな工夫を重ねて、自分自身の背中を押してきたのではないでしょうか?

 大人になっても、やるべきことがなかなかできない、という場面が多くあります。
「期限までに支払いを完了すべき」「症状が悪化する前に病院に行くべき」「地球環境のために省エネや節電を心がけるべき」と頭では理解していても、自力で実行することはなかなか難しい。そんな私たちに、政策担当者がちょっとした工夫を施して働きかけ、私たちの背中を押すことで、私たち自身にとっても、社会全体にとっても望ましい行動を実行しやすくする。それがナッジです。

既存の政策手法の中での位置づけを教えてください。

図1:ナッジと既存の政策手法の比較

 図1では、ナッジと従来の政策手法を並べて掲載しています。法令で統制する規制的手法、補助金・助成金などの金銭的なインセンティブを利用する財政的手法、それらの手法と比べてナッジは、政策現場の事務負担や予算負担が小さいという点で注目を集めてきました。

 ナッジと情報的手法は似ていますが、単純な情報提供による普及啓発とは異なり、「人間がどのように考えるか?どのように感じるか?」といった人間の心理や行動特性を踏まえた表現や仕掛けになっている点にナッジの特色があります。

「ナッジ」の政策活用はどのように進んでいますか?

 ナッジの政策活用を推進する組織「ナッジユニット」と呼ばれるものがあり、世界各地で立ち上がっています。2010年に英国でBehavioural Insights Teamという名前の組織が発足して以来、OECDによると、2018年時点で、200以上のナッジユニットが存在するそうです。

 日本でも、環境省が事務局になって、日本版ナッジユニットを立ち上げて以来、経済産業省などの各省庁で設立されています。また、横浜市のYBiTに代表されるように、国民と最前線で関わりをもつ地方自治体でナッジユニットを設立する動きが、現在、活発になっています。

ナッジの活用事例

「ナッジ」の活用事例にはどのようなものがありますか?

有名なナッジとして、英国の事例があります。

図2:督促状の社会比較ナッジ

 税金の未納者に送付する督促状に、「英国では、10人に9人が税金を期限内に支払っています。あなたは、まだ納税を完了していない極めて少数派の人です」という文言を添えることで、その文言のない、従来通りの督促状を受け取った人々に比べて、納税率が5.1%上昇した、というものです。

 5.1%上昇という効果の背後には、私たちが他の人の行動をとても気にする、という心理特性があると考えられています。

 どうするのが良いのか自分一人では決められないとき、他の人がこうしているという情報はとても参考になるはずです。「期限に多少遅れても問題ないだろう」と思っていたような人が、ほとんどの人が期限通りに納税していることを知らされることで、背中を押されたのだと思います。

 このように、他人の情報を上手に活用して背中を押すナッジを、「社会比較ナッジ」と呼びます。

「社会比較ナッジ」の事例は、他にどのようなものがありますか?

 社会比較ナッジの活用事例として世界的に最も有名なものが、節電・省エネの分野にあります。米国のオーパワーという電力事業者が中心となった検証事業で、社会比較ナッジが節電・省エネを促進することが発見されました。日本でも、環境省が中心となって、社会比較ナッジが効果的であることを確認しています。

図3:省エネレポートの社会比較ナッジ

 図のような「ホーム・エナジー・レポート」と呼ばれる省エネレポートを各家庭に郵送して、その中で、近隣のよく似た家庭や省エネ上手な家庭の電力使用量と、自分の家の電力使用量が比べられるようにしてあります。他の家庭よりも使いすぎている場合は、「もう少し節電や省エネを心がけないと」と思わずにはいられないような仕掛けになっているわけです。

 実際、ホーム・エナジー・レポートを受け取った家庭は、受け取ってない家庭に比べて、平均にして2%ほど電力使用量が減少すると報告されています。元々の電力使用量が大きかった家庭だと、減少幅はもっと大きくなるそうです。

ナッジの留意点とデータ利活用

「ナッジ」を活用するときに気をつけるべきことを教えてください。

 ナッジを政策に活用する際の留意点が、いくつかあります。

 一つは、ナッジの素材となる情報が正確かどうか、という留意点です。納税の事例で、本当のところは「10人に4人だけしか税金を期限内に支払っていない」のに「10人に9人が支払っている」と言えば、大問題になります。

 このような問題を起こさないためには、まず、正確な情報をすぐに取り出せるように、データの利用環境を整備する必要があります。次に、取り出したデータを誠実に参照する、という利用者側の姿勢が大切になります。

 もう一つは、海外事例で報告された効果が、日本でも同じように観察されるとは限らない、という点です。

 例えば、納税のナッジの活用事例については、英国以外の国で検証したときや、税金ではなく授業料の支払いの場面で検証したときには、社会比較ナッジの効果が観察されませんでした。

「ナッジ」に、データの利活用は欠かせません。

 日本の政策現場でナッジを活用するときには、いきなり全面展開するのではなく、その前に小規模な検証を重ねて、ナッジが想定通りの効果を発揮するかどうかを確認する必要があります。効果検証には、データの利活用が欠かせません。既存の統計データの利用環境を整備するのはもちろん、必要なデータを新しく作り出したりすることが大切です。

 最後に、ナッジに想定通りの効果がある、というエビデンスに基づいてナッジを政策現場に展開していく、という進め方は、エビデンスに基づく政策立案、すなわちEBPMそのものです。このように、ナッジの政策活用はEBPMと両輪で進めることが重要なのです。

参考講義

プロフィール

東北学院大学経済学部 准教授 佐々木周作 ささきしゅうさく

博士(経済学)。京都大学経済学部を卒業後、三菱東京UFJ銀行に入行。退職後、大阪大学大学院・日本学術振興会特別研究員DC1及びPD・京都大学大学院経済学研究科特定講師を経て、現職。専門は、応用ミクロ計量経済学・行動経済学。経済産業省・環境省・横浜市などのナッジ・ユニットの有識者やアドバイザーを務める。一般向け書籍に『今日から使える行動経済学』(ナツメ社)などがある。

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