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海外動向

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海外動向


三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)
経済政策部 主任研究員
小林庸平

エビデンスを作り、それを政策改善に活かす取り組みは、海外ではどのように実践されているのでしょうか。イギリスにおける徴税率アップの事例、シンガポールにおける中小企業の法律遵守の促進などの海外事例を見ながら、政策手段をより効果的なものに組み替えていくためのヒントを紹介します。

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海外事例に見るEBPM推進のポイント

そもそもエビデンスとは何であるか。そしてエビデンスはどのように政策に活用することができるものか。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の経済政策部の主任研究員で、エビデンスに基づく政策形成に詳しい小林庸平氏に、参考になる海外の事例や推進のためのポイントを聴いた。

3つのポイント

  1. 政策と成果の因果関係のことを、EBPMでは「エビデンス」と呼ぶ
  2. エビデンスを「見る」「作る」ことによって、効果的な政策手段を選択できる
  3. 政策手段をより効果的なものに組み替えていくことがEBPMの目的

国内外で重要性が高まっているEBPM

エビデンスとは何ですか?

 EBPMとはEvidence-Based Policy Makingの略で、「エビデンスに基づく政策形成」などと訳されます。そもそもエビデンスとは何でしょうか。エビデンスとは、日本語では「証拠」や「根拠」と訳されます。エビデンスにはさまざまな定義がなされますが、その概念を示したのが図1です。

図1 エビデンスとは何か?
図1 エビデンスとは何か?

 ここでは、子どもに対して放課後に学習支援プログラムを実施するケースを考えてみましょう。政策を実施する際、子どもの数や学力、塾に通っている割合など、さまざまな情報を用いて、政策の必要性や意義を検討していくことになります。こういった言わば「ファクト」と呼べるものは、政策立案の際の重要な情報となります。

 一方、図1の右側にインプットからアウトカムやインパクトまでの流れが示されていますが、こういたものをロジックモデルと呼びます。インプットとは政策に投じられる予算や人員等を表しており、アクティビティとは政策の具体的な内容を指しています。政策の結果、学習支援プログラムに参加した人数などがアウトプットとなり、学力の向上や進学率の向上といった成果をアウトカムと呼びます。一方で、インパクトとはより長期的な変化を表すものです。

 アウトカムやインパクトは政策の目標となる指標であるため、政策の結果、それらが改善していくかどうかが重要となります。しかし学習支援プログラムによって学力や進学率が向上するかどうかは定かではありません。例えば、もともと学習塾に通っていた子どもが、塾に行く代わりに学習支援プログラムに参加しているだけであれば、学力の向上効果は見込めないかもしれません。こうした、政策と成果の因果関係のことを、EBPMでは「エビデンス」と呼んでいます。

 先ほど申し上げた「ファクト」も政策立案においてとても重要であり、EBPMの前提となる情報になりますので、ファクトを含めたものを「広義のエビデンス」、政策と成果の因果関係に絞ったものを「狭義のエビデンス」と呼ぶこともできます。

EBPMとは何ですか?

 今回は、狭義のエビデンスを「エビデンス」と呼んでいきたいと思いますが、それではEBPMとは何なのでしょうか。単純化して申し上げれば、EBPMとは、エビデンスを「見る」ことと「作る」ことに整理することが出来ます。

 エビデンスを「見る」とは、先ほどの例に戻ると、放課後学習支援プログラムによって子どものアウトカムが改善するかどうかを、既存のエビデンスで確認することです。もしも政策の効果が既に明らかになっていてエビデンスがあるのであれば、私たちは自信をもって政策を実施することができます。逆にアウトカムを改善しないことが明らかになっている場合、子どもの学力や進学率を向上させるために別の政策手段を検討する必要があります。

 それでは、エビデンスを「作る」とは何でしょうか。エビデンスを作るとは、参照できるエビデンスがない場合に、実際に政策の効果を検証することによって、エビデンスを明らかにしていくことを言います。

 エビデンスを見たり作ったりすることによって、効果的な政策手段を選択していくことが出来るため、予算や人員といったリソースを有効活用することにつながります。そのため、国内外においてEBPMが急速に進展してきています。

国内外の事例の紹介

イギリスにおける徴税率アップの事例とは?

 それでは、エビデンスをつくり、それを政策改善に活かした海外事例をご紹介します。

 ひとつめは、イギリスにおける徴税率アップの事例です。図2をご覧ください。

図2 イギリスにおける超税率アップの効果検証
図2 イギリスにおける超税率アップの効果検証

 イギリスでは、税の徴収漏れが多く発生していることが問題となっていました。納税をしていない人に対しては、それまでも納税を促す手紙を送付していましたが、それを何パターンか送り分け、徴収率をアップさせられないかと考えました。その際に活用したのが「社会規範」です。具体的には、周囲の多くの人が税金を払っていて、払っていない人は少数派であることをアピールする手紙を送付したのです。そしてその手紙も、「イギリス全体ではほとんどの人が税金を支払っています」というものと、「あなたの街ではほとんどの人が税金を支払っています」というものなどにパターン分けして送付しました。

 効果を検証したところ、「あなたの街ではほとんどの人が税金を支払っています」という手紙を送付するパターンの効果が非常に大きかったのです。いままでの手紙と比較して、税の徴収率がなんと20%近くもアップしたのです。つまり、身近な人がみんな正しく納税しているという情報を伝えることによって、人々の行動変容を促すことに成功したのです。しかも手紙の文面を変えるだけですので、追加的に必要となるコストはほぼゼロです。コストゼロで大きな効果をあげることに成功しました。

シンガポールにおける法律遵守促進の事例とは?

 ふたつめは、シンガポールにおける中小企業の法令遵守の促進です。シンガポールでは雇用関係の法令が複雑だったため、中小企業の法令の遵守率が低いことが問題になっていました。図3をご覧ください。

図3 シンガポールにおける中小企業の法律遵守促進
図3 シンガポールにおける中小企業の法律遵守促進

 このケースでも、雇用法令の遵守を求める文書を送付していたのですが、政府が法令の遵守をチェックする際のポイントを明示した文書を送付したり、政府がチェックする2か月前に予め文書を送付することによって、雇用法令の遵守率が1.5倍に上昇しました。一方で、これらの対策に加えて、法令遵守を促進するために明るいトーンで作成したツールを配布したところ、企業に対して法令を違反することの深刻さを伝えることができずに、かえって逆効果となり遵守率が低下してしまいました。

 このように諸外国では、政策の効果を検証、つまりエビデンスを作っていくことを通じて、より効果的な手段に政策を組み替えていく取り組みが進んでいます。

国内自治体では、どのような事例がありますか?

 国内自治体でのEBPMの実践例はまだまだ少ないのが現状ですが、少しずつ実例が出てきています。そうした例のひとつが、神奈川県葉山町の資源ごみ収集拠点の不法投棄対策の効果検証です。資源ごみ収集拠点が図4-1です。

図4-1 神奈川県葉山町の資源ごみ収集拠点
図4-1 神奈川県葉山町の資源ごみ収集拠点

 葉山町で行った対策はふたつありました。ひとつは、資源ごみを出す際に間違えやすいものに対してチラシを配布する方法です。収集拠点の周辺でチラシを配布したところ、確かに不法投棄は減少しました。しかし残念ながらその効果は時間が経つと減少してしまうことも明らかになりました。

 もうひとつの対策が「収集終了」を知らせる看板の設置でした。(図4-2)

図4-2 検証結果の一例
図4-2 検証結果の一例

 収集拠点の状況を分析したところ、既に収集が終了しているにも関わらず、そのことに気付かずに資源ごみを捨ててしまっているのではないかという仮説が立ちました。そこで収集員の方に対して、収集が終了した後に「本日の収集は終了しました」という看板を掲示してもらうことにしました。その結果、放置ごみの発生率が大きく低下し、かつその効果は時間が経っても低下しませんでした。

 こうした分析結果を踏まえて、葉山町では、こうした看板の設置を全町展開しています。

 以上、EBPMの基本的な考え方と国内外の事例をご紹介いたしました。

EBPMは身近な事例からでもスタートできます。

 先ほど申し上げた通り、EBPMとは、エビデンスを見たり作ったりしながら、政策手段をより効果的なものに組み替えていくことです。エビデンスを活用した政策形成によって、税金や人員といった資源を有効活用することにもつながります。今回ご紹介した事例のように、EBPMは身近な簡単な事例からでもスタートできます。ぜひ多くの自治体の皆様に、EBPMの取り組みに積極的に参加していただければと考えております。

プロフィール

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)
経済政策部 主任研究員
小林庸平 こばやしようへい

明治大学政治経済学部経済学科卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。経済産業省経済産業政策局産業構造課課長補佐などを経て、現職。専門は、公共経済学、計量経済分析、財政・社会保障。主著に『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』文春新書(共著)等。

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