第1回研究会. EBPMブートキャンプでのスコープの設定
背景・現状の整理
路線バス事業は、全国的に利用者の減少傾向と運転士不足という構造的な課題に直面しており、その中で仙台市営バスが将来にわたり安定的な事業運営を続けていくためには、利用しやすさと運行効率の向上を図る路線再編の取組みが不可欠であると考えていた。
検討内容
仙台市は、上記の課題を、仙台市営バスのビッグデータや国の統計情報をもとに、路線ごと・地域ごとの利用状況等の分析を通じて、データに基づく再編の方針を立てられないかと考え、今回のEBPMブートキャンプにエントリーした。一方で、研究会の実施期間はおおよそ半年間であり、仙台市全域を対象に分析するには時間が少ないことが想定された。
従って、第1回研究会では、仙台市の課題から、EBPMブートキャンプで分析すべき問いと答えを検討した。
得られた示唆
まず、EBPMブートキャンプでの地理的なスコープを、仙台市全域ではなく、さらに狭いエリアに限定することとした。
具体的には、2015年12月に開業した地下鉄東西線沿線のバス路線を対象とした。当該エリアは、地下鉄開業時にバス路線網を再編してから10年が経過しており、地下鉄開業後の宅地開発や人口増加など、市内でも特に状況が変化しているエリアである。
また、バス路線の見直しに向け、2026度には「(仮称)仙台市営バス路線のあり方に係る基本方針」 を策定することとしており、当EBPMブートキャンプにおける検討のスコープを、基本方針策定に向けた準備段階としての現状把握にフォーカスした。
今後の検討事項
以上の2点を踏まえて、第2回研究会以降では下記2つの問いを探索することにした。
- 地下鉄東西線沿線のバス路線は、お客様にどのように利用されているか(現状分析にかかわる問い)
- お客様の利用のされ方を踏まえた時、利用しやすさと運行効率の向上を図るためにどのような打ち手が考えられるか(打ち手にかかわる問い)
アドバイス「他自治体で取り組む場合の示唆」
EBPMと聞くと、ともすれば大量の定量データを複雑なモデルで分析することを想起しがちである。確かに、定量データを用いることは確からしく説得的な分析をする上で重要であるものの、EBPMの実践にあたって必ずしも大量のデータを扱ったり複雑なモデルを用いたりすることは必須ではない。
むしろ、第1回研究会で設定したように、課題、目的、期間を踏まえて、適切な問いを設定することの方が重要である。問いが無いまま作業に進んでしまうと、情報収集に時間を要したり、多くのデータを集めること自体が目的化したりすることがある。プロジェクトの序盤で、目的に資する問いを設定することが重要である。
第2回研究会.現状分析(1)
第2回研究会までに取り組んだことや気づき
ODデータを用いて、対象エリアの利用のされ方を、時間帯別と、券種別で確かめた。
検討内容
第2回研究会では、EBPMブートキャンプで設定した問いのうち、現状分析にかかわる問い「地下鉄東西線沿線のバス路線は、お客様にどのように利用されているか」を、2024年6月のODデータを用いて確かめた。
データ収集前の段階から、仙台市の担当者レベルでは、これまでの実務経験を基に2つの予想を持っていたため、分析もそれらの予想に基づいて2つの切り口から実施した。
| 経験に基づく予測 |
データ分析の切り口 |
対象エリアの路線は、 市内全域の路線と比べて利用が少なさそうである |
調査対象系統と市内全域を、時間帯別・券種別で比較 |
対象エリア内では、 仙台市中心部へ直通する系統(直線系統)の方が、 地下鉄東西線の途中駅までの系統(フィーダー系統)よりも 利用が多そうであること |
調査対象系統内で、直通とフィーダーを、時間帯別・券種別で比較 |
得られた示唆、今後の検討事項
第2回研究会では、「地下鉄東西線沿線のバス路線は、お客様にどのように利用されているか」という問いに対して、2つの答えが判明した。
第1に、1便あたりの利用者数でみると、対象エリア内の路線を市内全域の路線と比べても、学生による利用が少ないほかは、それほど大きな特徴が無いことが判明した。
一方で、第2に、対象エリア内の直通系統とフィーダー系統*3の比較では、フィーダー系統は直通系統に比べ、ほぼ全券種で1便あたりの利用が少ないことが判明した。
ただし、やがて、もう1つの問いである「お客様の利用のされ方を踏まえた時、路線の効率化のためにどのような打ち手が有効そうであるか」に答えることを考えると、「『投入した資源(走行距離)に対してどの程度利用されたか』を分析することが有用である」ため、追加の現状分析として、1キロメートルあたり利用者数の分析を実施することとなった。
*3 フィーダー系統…バス路線のうち、支線のこと
アドバイス「他自治体で取り組む場合の示唆」
第2回研究会は、現状がどのようになっているのかをデータを基に明らかにする回であり、実務経験に基づいて分析の切り口を設定している。
このように、分析では、設定した「問い」に対して「どのような切り口でデータを探すと答えにたどり着けそうか」と考え、意味を持つ切り口を設定することが重要である。
ただし、こうした切り口は、最初から見つけられるとは限らない。第2回の例のように、これまでの実務経験に基づき、「○○の傾向があるかもしれない」と予想を立たうえで、その「答え」にたどりつくための分析の切り口をいくつか設定してみることは有用な方法の1つである。
参加者の感想「難しかった点・大変だった点」
分析の結果、今回の調査対象である路線は、市内全域の路線と比較して時間帯毎や券種毎の利用者数に大きな特徴が見られないという予想外な結果が得られ、その解釈が難しかった。
しかし、アドバイザーの先生から「市内全域における代表性がある」とご指摘いただき、その結果を他地域にも援用できるという学びを得ることができた。
第3回研究会.現状分析(2)
第3回研究会までに取り組んだことや気づき
ODデータを用いて、対象エリアの系統のうち、直通系統とフィーダー系統のそれぞれについて、1キロメートルあたり利用者数を分析した。また、分析結果を人口メッシュと重ね合わせて確認した。
さらに、乗換駅となっている地下鉄駅と、対象エリア系統について、利用されている券種割合を確認した。
検討内容
第3回研究会では、当EBPMブートキャンプで設定した問いのうち、現状分析にかかわる問い「地下鉄東西線沿線のバス路線は、お客様にどのように利用されているか」について、1キロメートルあたり利用者数を分析した。
得られた示唆
1キロメートルあたり利用者数で地下鉄東西線沿線のバス路線を調べると、接続する駅によって傾向が異なることが分かった。
1キロメートルあたり利用者数が少ない系統があるということは、これらの系統では投入資源あたりの利用者数が少なく、換言すれば、バス路線が効率的でない状態にあると言える。
そこで、それぞれの系統が停車するバス停に着目し、バス停ごとの乗降客数と2020年国勢調査による居住人口のデータを、jSTAT MAPを用いて重ね合わせると、人口の少ないエリアでは乗降客数も少ない傾向があった。
ここまでの第1回から第3回研究会における検討によって、1キロメートルあたり利用者数に着目しての分析が有効そうであることが判明した。加えて、接続する地下鉄駅によって傾向が異なることも分かった。
従って、これらの系統を調べることが、当EBPMブートキャンプで設定した2つの問い
「地下鉄東西線沿線のバス路線は、お客様にどのように利用されているか」
「お客様の利用のされ方を踏まえた時、どのような打ち手が有効そうであるか」
に答えるために重要だと考えられた。
今後の検討事項
第4回研究会以降は、傾向の異なる2つの駅にかかわる系統を深く分析することとした。
アドバイス「他自治体で取り組む場合の示唆」
第3回研究会は、これまでの研究会で設定した「問い」に関する現状分析に取り組んでいるが、分析の切り口をいくつか設定し、それぞれで得られた数値から何が読み解けるかを議論のなかで考えていることが特徴である。
今回は、1便あたりの利用者数や、1キロメートルあたりの利用者数を切り口としたが、結果的に、「1キロメートルあたりの利用者数」が当EBPMブートキャンプのプロジェクトの結論に繋がる重要な切り口となった。
ここで重要なことは、プロジェクトで答えなければならない「問い」に対して、様々な角度で分析を試行錯誤していることである。実際の分析では、答えに辿りつくような質の高い分析をすぐに思いつくことは稀であり、分析の切り口を試行錯誤するプロセスが必要である。
そのため、他のプロジェクトでも、分析の切り口を試行錯誤する時間的猶予をあらかじめ考慮しておくことが望ましい。また、どの分野でも、良い分析の切り口を見つけることはそれまでの経験に依存する傾向にあるため、専門家に助言を仰ぐことも有用である。
第4回研究会.詳細な分析(1)
第4回研究会までに取り組んだことや気づき
地下鉄東西線沿線の駅に接続するフィーダー系統をより細かく分類し、対象の系統ごとに1キロメートルあたり利用者数を分析した。また、券種別の利用割合も分析した。
第4回研究会では、当EBPMブートキャンプで設定した2つの問いに深くかかわることが見込まれたため、薬師堂駅、また荒井駅にかかわる系統について、深く分析した。
具体的には、路線の長さや設定目的が異なる多様な系統が存在することに鑑みて、都心部への直通系統、地下鉄駅までのフィーダー系統(行先や通っている場所の特徴からW、X、Y、Z)に分けて、利用のされ方を分析した。
検討内容
第4回研究会では、当EBPMブートキャンプで設定した2つの問いに深くかかわることが見込まれたため、比較的利用の多いフィーダー系統について、深く分析した。具体的には、フィーダー系統のうち、沿線住民が日常的に利用している系統を選んで、行先や通っている場所の特徴からW、X、Y、Zの4つに分類して、利用のされ方を分析した。
| 系統 |
系統の特徴 |
| Wフィーダー系統 |
市場や物流拠点等があり、東西線開業後は住宅も増えている地域を通る系統 |
| Xフィーダー系統 |
昔からの住宅地を通る系統 |
| Yフィーダー系統 |
昔からの住宅地を通る系統 |
| Zフィーダー系統 |
東西線開業後に人口が急増したZ地域を通る系統 |
得られた示唆
一部は仮説段階のものを含みながらも、ODデータから券種別の利用や時間帯別の利用を集計し、それぞれの系統がどのような利用のされ方をしているかについて、概ねの傾向が判明した。
その結果、朝時間帯の利用が比較的多いこと、特に通勤定期の割合が市内全域よりも高いことなど、共通する特徴が複数見つかった。
一方で、WフィーダーやZフィーダーは、地下鉄開業後に人口が増えていそうにもかかわらず、バス利用はあまり多くないという課題も判明した。
今後の検討事項
第5回研究会では、東西線開業後に宅地開発が進んだZフィーダーを対象に、人流データを使って、バス路線と人の流れや動きが合致しているかどうかを調べることとした。また、並行して、天候による利用状況の変化も調べることとした。
アドバイス「他自治体で取り組む場合の示唆」
第4回研究会では、EBPMブートキャンプの期間が後半に入ったことも踏まえ、すべての系統を同じように深く分析するのではなく、目的を起点に分析すべき事柄に優先順位をつけて、優先度の高いところから着手している。
プロジェクトでは期間やリソースが限られていることがほとんどのため、分析対象を絞りこむことも必要である。そのため、プロジェクト当初に目的をしっかりと設定しておかないと、分析対象の優先順位をつけづらくなり、何から着手して良いか暗中模索になってしまう。プロジェクト当初にしっかりと目的を設定することが重要と言える。
参加者の感想「難しかった点・大変だった点」
路線毎に利用者の属性が異なり、どのような路線がより利用される可能性が高いのかを考えるのが非常に難しかった。例えば、通勤定期の利用者にとっては、出勤時刻に間に合うことが重要であり、料金よりも定時性を重視していると推測できるが、その影響の大きさについては、今後も分析を深めていく必要があると感じた。
第5回研究会.詳細な分析(2)
第5回研究会までに取り組んだことや気づき
天候とバス利用者数の関係を確認することで、雨天の日にだけバスが使われている可能性がないかを確認した。
携帯電話のGPS情報に基づく人流データを用いて、Z地域の方たちがどこへ移動しているのかを把握した。
検討内容
第5回研究会では、第4回研究会で課題が判明したZフィーダーについて、以下の2点を調査した。
| 区分 |
調査内容 |
| 天候 |
「雨の日は地下鉄駅へ向かうバスの利用者が増える」ということは、晴れの日には徒歩や自転車で地下鉄駅に向かっている人が多いことを示唆する。一方で、「晴れの日も雨の日も同じように少ない」場合は、そもそも、地下鉄を利用していない=駅勢圏外であることを示唆する。そこで、天候による利用の違いを調査した。 |
| 人流 |
Z地域における朝の通勤通学時間帯の人流を調べれば、バスを利用していない人々も含めて、どの方面への移動ニーズが高いかを把握できることから、人流データを調査した。 |
得られた示唆
- Zフィーダーについて、雨の日の利用状況を確認したところ、「雨の日は利用者が増える」という路線バスに一般的にみられる傾向が、他の系統に比べて少ないことが判明した。従って、人の移動とバスの路線が合致していない可能性があると考えられる。
- Z地域を対象に、平日6時から8時台の人流データを確認したところ、観測された人流の約36%が北東方面へ、約31%が都心部方面へ出かけていることが判明した。通勤時は、一般的に都心部への需要が高いと考えがちだが、局所的には必ずしもそうではないことが判明した。
- 朝の通勤通学時間帯のバス路線を検討するうえでは、沿線の人流を観測する重要性が認識できた。
今後の検討事項
第6回研究会では、ここまでの検討を踏まえて、当EBPMブートキャンプで明らかにする予定だった2つの問いについて答えながら、検討をとりまとめることになった。
- 地下鉄東西線沿線のバス路線は、お客様にどのように利用されているか(現状分析にかかわる問い)
- お客様の利用のされ方を踏まえた時、路線の効率化のためにどのような打ち手が有効そうであるか(打ち手にかかわる問い)
アドバイス「他自治体で取り組む場合の示唆」
第1回研究会から第3回研究会の頃までは実務経験を頼りにデータから現状の傾向をつかむアプローチが主体であったが、第5回研究会の頃になると、データから見えてきた傾向の理由を、仮説を持ちながら検証するという動きに変化してくる。
実際、第5回研究会では、第4回研究会の最後に出てきた2つの仮説に対して、第5回研究会までにデータを基に確かめ、第5回研究会で議論するという流れを経た。
このように、打合せの場を仮説の構築や発見に使って、次の打合せまでに必要な分析を実施するという流れができると、作業担当者の手戻りも少なくなって理想的である。
特に、打合せでは、プロジェクトでの目的に紐づく形で仮説を設定できると、プロジェクトをしっかりと進ませることが出来るうえ、打合せと打合せの間に実施する分析が思うようにいかなかった場合に作業担当者が自ら工夫して分析することが可能になるため、より一層理想的である。
参加者の感想「難しかった点・大変だった点」
人流データを用いた分析においては、取得可能な情報があくまで「移動した人流」に限られるため、移動後に駅を利用したのか、また、どのような交通手段を用いて移動したのかといった詳細な行動を把握することはできない。
このため、移動の背景を推察したり、補完的なデータの取得方法を検討・工夫したりする点が非常に難しかった。
第6回研究会.詳細な分析(3)
第6回研究会までに取り組んだことや気づき
第6回研究会ではここまでの検討を取りまとめた。
検討内容
当初設定した2つの問いのうち、現状分析にかかわる問い「地下鉄東西線沿線のバス路線は、お客様にどのように利用されているか」を踏まえて、今後の打ち手の方向性にかかわる問い「お客様の利用のされ方を踏まえた時、路線の効率化のためにどのような打ち手が有効そうであるか」に答えた。
得られた示唆、今後の検討事項
利用しやすさと運行効率の向上を図るためのバス路線再編という将来的な目的に向け、現時点で以下の示唆が得られたと考えられる。
- 運行の効率性を図るためには、「獲得資源=利用者数」を「投入資源=走行キロ」で割った「1キロメートルあたり利用者数」に着目することが有効
- 仙台市営バスのビッグデータと、jSTAT MAP等の国が公表するオープンデータを活用し、人口メッシュとバス停乗降客数を重ねて可視化することが有効
- ODデータの中では、特に時間帯別・券種別の利用者数に着目し、それぞれのニーズに合ったルートやダイヤの検討が有効
- 今はバスを利用していない潜在的なニーズ把握のためには、人流データの活用も有効
アドバイス「他自治体で取り組む場合の示唆」
第6回研究会は当EBPMの最後の回として取りまとめに時間を割いている。実際には、第4回研究会の頃から、上記のような系統ごとのまとめ表を作り始めており、どの系統について分析が途中段階であるか、打ち手の方向性としてなにが言えそうかを確かめながら進めていた。
このように、プロジェクトの後半部に差し掛かった段階で何度か、プロジェクトのゴールから逆算し、どこまで分析が進んで、この先どこを明らかにするのかを整理することが必要であり、その結果、何が言えるかを考えることが有用である。
今後に向けて
1.詳細な分析の必要性
限られた期間での取り組みであったため、詳細な分析に取り組み切れていない事柄が残っている。例えば、人流データを活用した分析では、どの方面への人流が多いかは判明したが、実際にバス路線を検討するうえでは、具体的にどのポイント周辺が目的地となっているかを分析することが必要である。
2.現実性の検証
利用しやすさと運行効率の向上に向けた示唆を得られたが、その現実性の検証はまだまだ道半ばである。例えば、朝のバス路線を見直す場合、バス事業は朝の通勤通学時間帯に投入車両数のピークを迎えるため、見直しによって投入車両がかえって増えてしまわないか、道路渋滞に巻き込まれて定時性が損なわれないかなど、慎重なシミュレーションを重ねて現実性を検証する必要がある。
3.基本方針の策定に向けて
バス路線の再編にあたっては、市民や利用者の理解が欠かせない。2026年度には仙台市営バス路線再編の基本的な考え方を示す「(仮称)仙台市営バス路線のあり方に係る基本方針」の策定に着手するが、EBPMブートキャンプで得られた知見を十分に活用しながら、データに基づく分析を通じて、市民や利用者の皆様に対し分かりやすく丁寧な説明を行っていくとともに、再編を通じてバス事業の持続可能性を高めていく不断の努力が必要である。