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社会生活基本調査への期待
東京大学大学院経済学研究科教授 川口 大司
私たちの生活の豊かさは物質的な豊かさだけでは測れない。よく指摘されることです。私が専門とする経済学においても,余暇時間の長さが,消費量と並んで豊かさを規定する要因として重要だと考えられています。生産性が低い社会では,生きる糧を得るために長時間働くことを余儀なくされ余暇を楽しむ余裕はありません。しかしながら労働時間あたりの生産性が上がると生産性向上の果実をさらなる消費に振り向けたり,労働時間を短くして余暇時間を長くすることに振り向けたりできるようになります。そのため私たちの生活の豊かさを正確にとらえようとすれば,消費水準とともに余暇時間の長さをとらえる必要があるのです。
ところが余暇の時間を正確にとらえることは「社会生活基本調査」のような時間利用の調査を抜きにしては難しいのです。「労働力調査」などの労働統計を使えば労働時間をとらえることは可能です。しかしながら一週間に与えられた168時間(24時間×7日)から週当たりの労働時間を引いても余暇時間にはなりません。育児や介護を含んだ家事時間に私たちはかなりの時間を費やしているという現実があるためです。「社会生活基本調査」は労働時間,家事時間,余暇時間を正確にとらえているため,われわれの生活の豊かさをとらえようとするときに必要不可欠な余暇時間に関する情報を提供してくれるのです。
「社会生活基本調査」は昭和51年(1976年)から始まった長い歴史を持つ調査です。今度の調査は40年目の調査になります。時代の変化に合わせて調査項目は変更されてきていますが,調査対象日2日間の時間利用を聞くという基本構造はほとんど変わっていません。この息の長い取り組みのおかげで,私たちは過去を振り返り,私たちの生活水準がどのように変化してきたのか,そしてその変化をもたらした根本的な原因はどこにあるのか,といったことに思いを巡らすことができるのです。正確なデータに基づく深く広い考察が豊かさとは何か,豊かさを実現するためには何が必要か,という明日に向けての指針を与えてくれるのです。そのようなわけで今年の「社会生活基本調査」にも大いに期待をしています。