近代日本を築いた統計
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これが西洋の学問かっ!母上!父上!緒方洪庵の私塾です後に、福澤諭吉も学びます緒方洪庵西洋の文物を扱う上野舶来店に奉公に出た。幼いころ、漢方医である祖父に学んだ杉は、医師をめざしていたらしいが、9歳のころ、両親を相次いで失う。杉亨二は、1828(文政11)年、長崎の酒屋に生まれた。当時の長崎は、西洋に開かれた唯一の窓だった。明治時代の日本に統計や統計学を根づかせる功績のあった人として、杉すぎ亨こう二じの名が挙げられる。1810~1863年備びっ中ちゅう(岡山県)の生まれ。江戸や長崎で医学を学び、大阪に蘭学塾(適てき塾じゅく)を開いた。奉公中も、杉は学問への熱意を持ち続けた。店には蘭学者が多く出入りをしていてその中には、緒お方がた洪こう庵あんもいた。やがて、杉は大阪の適塾で学び始める。第2章“統計”の広がり20

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