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統計Today No.144
消費者物価でみる平成 − デフレの背景について考える −
総務省統計局統計調査部消費統計課物価統計室長 中村 英昭
1 はじめに
「平成」の時代の終わりが近づいてきました。平成を象徴するキーワードの1つとして思い浮かぶのは、持続的な物価の下落を意味する「デフレ」です。本稿では、月例経済報告におけるデフレに関する記載の変遷(注)等を踏まえ、平成期を
- バブル崩壊を経て、物価上昇率が低下した時代(デフレ前の時代、平成元年〜12年)
- 物価の下落基調が続いた時代(デフレの時代、平成13年〜24年)
- 日本銀行の異次元緩和(量的・質的金融緩和)の導入以降、物価の上昇基調が続いた時代(デフレ脱却に向かう時代、平成25年〜)
の3つの時代に分け、2. のデフレの時代を中心に消費者物価の動きを見てみます。

2 平成期の消費者物価の特徴
(1)デフレの時代の消費者物価 − サービスの上昇はほぼみられず −
総合指数の変化率(前年比)について、主な財・サービス別に要因を分解してみると、次のような特徴がみられます。(図1)
- 外食、理髪料、幼稚園保育料などを含むサービスは、デフレ前の時代には上昇が続いたものの、デフレの時代はゼロ近傍で推移
- ルームエアコン、電気冷蔵庫、テレビ、パソコンなどを含む耐久消費財は、平成の初めからデフレの時代の終わりまで一貫して下落
図1 総合指数の変化率(前年比)
同じ時期の主要国の総合指数の変化率(前年比)はおおむね上昇となっており、デフレの時代における平均上昇率は、アメリカ2.4%、イギリス2.3%、ドイツ1.6%、フランス1.8%となっています。
また、主な財・サービス別に分解してみると、イギリスやドイツなどで耐久消費財の下落がみられる一方、いずれの国もサービスが一貫して上昇していることが分かります。アメリカについてみると、デフレの時代のサービスの平均上昇率は2.7%となっています。(図2)
図2 主要国の総合指数の変化率(前年比)
(注)各国のウェブサイトから取得したデータを使用して寄与度分解。分解に当たっては、各国とも直近のウエイトを使用。
(2)サ−ビスと賃金の連動 − デフレの時代には賃金も上昇抑制・下落 −
デフレの時代には、主要国の中で日本のみにおいてサービスの上昇がみられませんでした。ここで、サービスの価格に大きく影響する賃金とサービス指数の変化率(前年比)の推移を比べてみると、次のような特徴がみられます。(図3)
- バブル崩壊前までは、サービス指数に比べて賃金の上昇率が高い
- デフレの時代には、サービス指数・賃金ともに上昇抑制・下落
図3 サービス指数と賃金(注)の変化率(前年比)
(資料)賃金は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
(注) 賃金は、一般労働者の6月分の所定内給与額(所得税等を控除する前の額。超過労働給与額、賞与、期末手当等特別給与額は含まれない。)。
一般労働者とは、短時間労働者以外の者(短時間労働者は、同一事業所の一般の労働者より1日の所定労働時間が短い又は1週の所定労働日数が少ない労働者。)。
(3)賃金の上昇抑制・下落の一因 − 非正規労働者 −
データが入手可能な平成17年以降について、雇用形態別に賃金の推移をみると、正社員・正職員に対する正社員・正職員以外の労働者の賃金水準は、平成17年には60.1、30年には64.6と若干の上昇がみられるものの、正社員・正職員の労働者よりも低いことが分かります。(図4)
図4 雇用形態別の賃金の推移
(資料)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
さらに、労働力調査の結果から雇用形態別の雇用者の推移をみると、非正規の職員・従業員の割合は、平成年間に19.1%から37.9%まで上昇していることが分かります。(図5)
図5 雇用形態別の雇用者の推移
(資料)平成13年以前は総務省「労働力調査特別調査」
平成14年以降は総務省「労働力調査詳細集計」
(注) 平成13年以前は各年2月、14年以降は年平均の数値
正規の職員・従業員、非正規の職員・従業員は会社、団体等の役員を除く。
(4)デフレの背景 − 整理の試み −
これらの結果を踏まえ、デフレの背景についての整理を試みます。(図6)
図6 デフレの背景
- サービス価格の上昇が抑制されていたことが、消費者物価の持続的な下落につながったと考えられる。(図1、2)
- サービス価格の上昇が抑制されていたことと、日本全体の賃金の上昇が抑制されていたこととは互いに連動していると考えられる。(図3)
- 賃金の上昇が抑制されていた要因は様々なものが考えられるが、そのうちの一つとして賃金水準が低い非正規労働者の増加が考えられる。(図4、5)
なお、日本銀行は2018年7月の「経済・物価情勢の展望」において、物価上昇に時間を要している背景について以下のとおり整理しています。
【参考】物価上昇に時間を要している背景
- 企業の賃金設定スタンスが慎重であること
- 家計の値上げに対する許容度が高まっていないこと
- 企業の価格設定スタンスが慎重であること
- 競争環境が厳しさを増していることに伴い、価格押し下げ圧力があること
(出典)日本銀行「経済・物価情勢の展望(2018年7月)」
3 おわりに
以上、消費者物価を通して「平成」の時代を振り返り、デフレの背景についての整理を試みました。5月からは「令和」の時代が始まります。デジタル経済が進展する中、新たな時代にはネット販売価格を更に消費者物価指数に取り入れていくことが必要です。
総務省では、2020年の消費者物価指数基準改定に向けて、POSデータ(※)の活用を更に進めるほか、ネット販売サイトから多種多様かつ大量の価格情報等を自動的に取得する「ウェブスクレイピング」技術を用いた価格取集など、新たな手法を取り入れた価格指数の作成方法について検討を進めています。今後とも、社会経済情勢の変化を踏まえながら、時代に応じた消費者物価指数の作成・提供を進めてまいります。
(※)Point of Sales データをいう。スーパーなどのレジで商品のバーコードを読み取りながら収集されるデータ。月別・週別に集計された商品ごとの平均販売単価や販売数量などが分かる。
(平成31年4月26日)