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ナイチンゲールと統計
統計研修所長 川崎 茂 (肩書は掲載当時のもの)
統計の歴史の中では、意外な人が統計の発達に貢献していることに驚かされます。近代看護の創始者として知られるフローレンス・ナイチンゲールもその一人です。ナイチンゲールは、1854年から数年間、クリミア戦争の戦地の病院で傷病に倒れた兵士たちに献身的に看護に当たりました。そしてイギリスに帰国の後、近代看護の確立や看護学校の開設に努力し、看護婦の地位向上に貢献しました。
ナイチンゲールは生涯を通じて統計に強い関心を持ち、看護の仕事に統計を活用するとともに統計の普及に力を注ぎましたが、このことは案外広く知られていないようです。彼女は、戦地の陸軍病院で死亡した兵士の数を死亡原因別にまとめてみたところ、戦傷よりも病院内での病気に起因する死亡のほうが多く、病院の衛生状態を改善すれば死亡が大きく減少することが分かりました。そこでこの事実をグラフに表し、政府に病院の衛生状態の改善を訴えました。イギリスに帰国の後は、衛生統計の統一基準の作成や大学での統計教育の推進など、統計の発展に尽くしました。
このような統計面でのナイチンゲールの活躍の背景には、優れた統計学者との交流がありました。特に関係が深かったのは、ベルギーの統計学者アドルフ・ケトレーでした。ケトレーは、確率論などの自然科学の手法を社会現象に適用する「社会物理学」を提唱した人で、近代統計学の祖の一人とされています。ナイチンゲールは若い頃からケトレーの著作の強い影響を受け、それが彼女の統計の仕事の基礎となりました。1860年には、ナイチンゲールとケトレーは互いに協力して、第4回国際統計会議(現在の国際統計協会の前身)において衛生統計の統一基準の採択を実現しました。統計の発達の背景には、このような優れた人たちの交流があったのです。
このような人的な交流が統計を発達させてきたという事実は、私の担当している総務省統計研修所にとって重要な教訓を含んでいると思います。統計研修所では、国及び地方公共団体の統計職員への研修、統計に関する研究、統計図書の編集・刊行、統計図書館の運営、統計相談などを行っています。これらの仕事に共通するのは、統計知識の普及と発展への貢献です。統計研修所では、そのために研究者、実務家、一般の統計利用者などのために知的な交流の場を提供していきたいと考えています。
ミクロデータを利用した実証研究は、今後もより一層発展していくと考えられます。そのため、統計解析手法を一から学習することのできる本講座は大変有意義であるように感じました。Rは無料で使用することが可能であり、パッケージも非常に充実しているため、今後の業務で統計分析を行う際には積極的に活用していきたいと思います。
統計関係者の皆様には、今後とも統計研修所をさらに活用していただき、関係者相互の交流を通じて統計知識の普及と発展に御協力いただければ幸いです。今後とも皆様の御協力と御支援をお願い申し上げます。
(2003年7月1日 掲載)