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統計Today No.167
全国津々浦々に存在する個人企業の実態を地域別に毎年捉える!
〜完全リニューアルした個人企業経済調査をリニューアル後に初めて公表〜
総務省統計局統計調査部経済統計課長 上田 聖
1 はじめに
「個人企業経済調査」は、昭和22年に経済安定本部により開始された「個人企業経済調査」を起源とし、直近まで、総務省が所管する基幹統計調査として四半期ごとに約4,000の個人企業を対象に都道府県を通じた調査員調査として実施されてきました。
この「個人企業経済調査」については、GDP推計の精度向上や地域別統計の充実などに資する観点から、令和元年調査より
- 標本サイズを約4,000から約40,000に拡大
- 都道府県別統計を新たに作成
- 従前の対象産業(「製造業」、「卸売業,小売業」、「宿泊業,飲食サービス業」及び「サービス業」の4産業)に加え「建設業」、「不動産業,物品賃貸業」などを新たに追加し、ほぼ全産業を調査対象に拡大
- 四半期調査から1年周期の調査に変更
- 都道府県を通じた調査員調査から、民間委託による郵送・オンライン調査に変更
といった調査の全面的なリニューアルを行い、統計精度の向上を図った上で、令和2年12月15日に、初めての集計結果である「2019年(令和元年)個人企業経済調査結果」を公表いたしましたので、その結果概要及び分析結果について紹介いたします。
なお、この結果の分析結果の一部は、令和2年9月に総務省統計局にインターン生として3日間、個人企業の分析を行っていただいた、大阪大学経済学部3年生の山賀千尋氏の分析成果を実際の調査結果に当てはめたものです。改めて短期間で良い分析をしていただいた山賀千尋氏に感謝いたします。
2 産業、都道府県別1企業当たりの年間売上高の結果と分析
個人企業経済調査は、売上高、営業費などの経理事項及び事業主の年齢、事業経営上の問題点といった個人企業の構造的特質について調査を行っています。特に今回の調査のリニューアルにより、これらの調査事項について都道府県別の統計を新たに提供するようになったことから、この場を借りて、都道府県別1企業当たりの年間売上高の結果及びその分析結果について紹介したいと思います。
(1) 産業、都道府県別1企業当たりの年間売上高
「調査対象産業計」、「建設業」、「製造業」、「卸売業,小売業」、「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」、「その他のサービス業」の1企業当たりの年間売上高を都道府県別にみると、以下の表1の結果となっています。
(千円) | |||||||
都道府県 | 調査対象 産業計 |
建設業 | 製造業 | 卸売業, 小売業 |
宿泊業,飲食サービス業 | 生活関連 サービス業, 娯楽業 |
その他の サービス業 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
全国 | 13,367 | 14,945 | 11,298 | 25,098 | 10,557 | 4,891 | 9,864 |
北海道 | 10,005 | 12,772 | 9,570 | 20,528 | 9,043 | 3,951 | 7,578 |
青森県 | 12,277 | 17,306 | 8,621 | 25,029 | 9,466 | 3,117 | 7,269 |
岩手県 | 12,741 | 21,112 | 12,345 | 24,009 | 10,662 | 3,183 | 7,592 |
宮城県 | 13,535 | 15,762 | 9,531 | 27,585 | 11,054 | 3,904 | 9,024 |
秋田県 | 11,850 | 15,573 | 10,299 | 22,410 | 9,554 | 2,410 | 8,072 |
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」
こちらをクリックすると全都道府県が表示されます(エクセル:14KB)
「調査対象産業計」では、奈良県が最も高く、次いで大阪府、和歌山県といった近畿地方が続いています。都道府県別の平均が高くなることは、
- 産業別にみると平均額の高い「卸売業,小売業」の割合が高くなることなど(表2)、産業の構成比により当該都道府県の平均値を押し上げている効果
(千円) | |||||||
調査対象 産業計 |
建設業 | 製造業 | 卸売業, 小売業 |
宿泊業,飲食サービス業 | 生活関連 サービス業, 娯楽業 |
その他の サービス業 |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|
全国 | 13,367 | 14,945 | 11,298 | 25,098 | 10,557 | 4,891 | 9,864 |
- 例えば、平均額が最も高い奈良県は、各産業でみても、「建設業」、「製造業」、「卸売業,小売業」、「生活関連サービス業,娯楽業」で全国平均より高くなっているなど(表3)、個々の産業ごとの平均が高く当該都道府県の平均値を押し上げている効果
(千円) | |||||||
調査対象 産業計 |
建設業 | 製造業 | 卸売業, 小売業 |
宿泊業,飲食サービス業 | 生活関連 サービス業, 娯楽業 |
その他の サービス業 |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|
全国 | 13,367 | 14,945 | 11,298 | 25,098 | 10,557 | 4,891 | 9,864 |
奈良県 | 15,858 | 20,301 | 16,836 | 26,528 | 10,199 | 5,746 | 9,513 |
の2つの効果が考えられます。
各都道府県の平均との乖離をこの2つの要素に平成28年経済センサス-活動調査の情報も併せて活用して寄与度分解し、それぞれの効果について各都道府県をプロットしたものが図1となります。年間売上高の平均が高い、奈良県、大阪府、和歌山県についてこの図を観察すると、
- 奈良県:1.及び2.の効果がバランスよく平均の年間売上高を押し上げている
- 大阪府:2.の効果が特に大きく平均を押し上げている
- 和歌山県:1.の効果が特に大きく平均を押し上げている
ことが分かります。
図1 調査対象産業計,都道府県別1企業当たりの年間売上高の押し上げ効果の分解
(個別産業の平均の高さが平均に与えている影響と産業構成が平均に与えている影響)
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」及び「平成28年経済センサス-活動調査」の結果を用いて総務省統計局が試算
(2) 建設業の都道府県別年間売上高
「建設業」を営む個人企業1企業当たりの年間売上高を都道府県別にみると、沖縄県が最も高くなっています。建設業を営む沖縄県の個人企業の特徴は、他の都道府県と比べて規模が大きな点が挙げられ、1企業当たりの年間売上高及び従業者数が突出しています(図2、図3)。
図2 建設業を営む個人企業の都道府県別1企業当たりの年間売上高
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」
図3 建設業を営む個人企業の都道府県別1企業当たりの従業者数
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」
この要因について他のデータ等をみて分析してみます。
建築着工統計調査(国土交通省)の令和元年結果からの都道府県別1件当たりの工事費予定額を計算してみると、東京都に次いで沖縄県が突出していることが分かります(図4)。
図4 都道府県別着工建築物1件当たりの工事費予定額(令和元年計分)
出典:国土交通省「建築着工統計調査結果」から総務省統計局が作成
また、都道府県別に着工建築物の工事予定額を建物の構造別にみると、沖縄県では木造建築物よりも、比較的工事費用の高い鉄骨・コンクリート材を用いた非木造建築物の割合が大きいことが分かります。これは、沖縄県の台風が多い気候や、ホテルなどの観光用建築物の需要等の要因によるものと考えられます(図5、図6)。
図5 都道府県別着工建築物の非木造建築物の割合(令和元年)
出典:国土交通省「建築着工統計調査結果」から総務省統計局が作成
図6 構造別着工建築物の工事費予定額の割合(全国、沖縄県)
出典:国土交通省「建築着工統計調査結果」から総務省統計局が作成
これらの結果から、建築物1件当たりの工事費の規模が大きくなっていることにより、個人企業の規模も併せて大きくなるため、年間売上高を押し上げているものと推察することができます。
(3) 製造業の都道府県別年間売上高
「製造業」を営む個人企業1企業当たりの年間売上高を都道府県別にみると、大阪府が最も高くなっており、近畿地方の府県が上位となっています(図7)。
図7 製造業を営む個人企業の都道府県別1企業当たりの年間売上高
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」
少し時点が異なりますが、平成28年経済センサス-活動調査の結果によると、製造業の個人経営事業所数は東京都より大阪府の方が多くなっています(図8)。1企業当たりの年間売上高が大きいこと、個人経営の事業所数が多いことから、大阪府では製造業を営む個人企業の活動が盛んであることが考えられます。ただし、なぜ法人化せず個人経営となっているかなどについては、今後、更に分析してみたいと思います。
図8 製造業を営む事業所数(個人経営)
出典:総務省「平成28年経済センサス-活動調査結果」
(4) 卸売業,小売業
「卸売業,小売業」を営む個人企業1企業当たりの年間売上高を都道府県別にみると、愛知県が最も高くなっています。
図9 卸売業,小売業を営む個人企業の都道府県別1企業当たりの年間売上高
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」
この要因について、更にデータを観察してみると、いわゆるコンビニが多数を占める「他に分類されない飲食料品小売業」及び「卸売業」が、それ以外の小売業より売上高が高くなっており、この構成比が平均に影響していると推察されます。
図10は、
- 縦軸:平成28年経済センサス-活動調査の結果により計算した、都道府県別「卸売業,小売業」を営む個人経営事業所数に占める「他に分類されない飲食料品小売業」及び「卸売業」の事業所の割合
- 横軸:令和元年個人企業経済調査都道府県別「卸売業,小売業」を営む個人企業の1企業当たりの平均売上高
の関係を示すものになります。両者には0.59の相関関係が計測され、売上高の高い個人経営の「卸売業」とコンビニの割合が高くなっている構造が、愛知県の「卸売業,小売業」の売上高を押し上げていると推察されます。
図10 『「卸売業,小売業」を営む個人経営事業所に対する「他に分類されない飲食料品小売業」及び「卸売業」の占める割合』と
『「卸売業,小売業」を営む個人企業の平均売上高』の関係
(5) 宿泊業,飲食サービス業
「宿泊業,飲食サービス業」を営む個人企業1企業当たりの年間売上高を都道府県別にみると、富山県が最も高くなっています(図11)。
図11 「宿泊業,飲食サービス業」を営む個人企業の都道府県別1企業当たりの年間売上高
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」
この要因について、更にデータを観察してみると、まず、「宿泊業」と「飲食サービス業」を営む個人経営の事業所数は、平成28年経済センサス-活動調査の結果によると、
- 宿泊業 18,492事業所
- 飲食サービス業 400,235事業所
となっており、「飲食サービス業」の平均売上高により「宿泊業,飲食サービス業」の結果が左右されることと考えられます。
これを踏まえ、「宿泊業,飲食サービス業」の売上高と、平成28年経済センサス-活動調査の結果から、「飲食サービス業」に含まれる小分類ごとの個人経営事業所の構成比を都道府県別に計算し、その構成比のうち都道府県別の平均売上高と最も相関係数の高い産業を求めると、「すし店」の構成比割合が相関係数0.42と最も高くなりました(表4、図12)。
食堂,レストラン(専門料理店を 除く) |
そば・ うどん店 |
すし店 | 喫茶店 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
日本 料理店 |
中華 料理店 |
焼肉店 | その他の専門料理店 | ハンバーガー店 | お好み焼・ 焼きそば・たこ焼店 |
他に分類されない 飲食店 |
||||||
0.095 | 0.351 | 0.372 | 0.129 | -0.006 | 0.320 | -0.003 | 0.422 | -0.310 | -0.347 | 0.072 | -0.346 | -0.014 |
※「酒場,ビヤホール」及び「バー,キャバレー,ナイトクラブ」は、個人企業経済調査の調査対象外産業のため、上記表には掲載していない。
図12 「すし店」の構成比と「宿泊業,飲食サービス業」の平均売上高の関係
さらに、県庁所在市別の家計調査の「外食」の支出金額をみると、富山市は人口規模の割に支出金額が高くなっています(図13)。
図13 人口規模と家計調査「外食」の関係
出典:総務省「家計調査結果(令和元年)」及び「住民基本台帳人口(令和元年)」から総務省統計局が作成
このように富山県は
- 「すし店」の割合が高い
- 人口規模に比して家計の外食への支出が多く、飲食店の売上げが高くなりやすい
特性があると考えられ、これらにより「宿泊業,飲食サービス業」の年間売上高が高くなっていると推察されます。
(6) 生活関連サービス業,娯楽業
「生活関連サービス業,娯楽業」を営む個人企業1企業当たりの年間売上高を都道府県別にみると、滋賀県が最も高くなっています。
この要因については、滋賀県には日本中央競馬会(JRA)関連の栗東トレーニングセンターがあることから調教師等が多く存在しており、この影響が滋賀県の同産業の平均売上高を引き上げる一因となっているものと推察されます。なお、茨城県には美浦トレーニングセンターがあり、茨城県も近隣県と比べ、同産業の1企業当たりの年間売上高はやや高めとなっています(図14)。
図14 「生活関連サービス業,娯楽業」を営む個人企業の都道府県別1企業当たりの年間売上高
出典:総務省「令和元年個人企業経済調査結果」
図15 平成28年経済センサス-活動調査で個人経営の「競馬団」事業所が存在した都道府県における「生活関連サービス業,娯楽業」事業所に占める「競馬団」事業所の割合と「生活関連サービス業,娯楽業」の平均売上高の関係
まとめ
本稿では、リニューアル後に初めて公表した個人企業経済調査の公表結果のうち、産業別の1企業当たりの年間売上高の平均についての分析を紹介しました。
個人企業経済調査は、全国津々浦々に存在する個人企業の経済実態を毎年把握する唯一の基幹統計調査であり、極めて重要な調査であると考えております。令和3年3月には、令和2年に実施した調査の結果について公表する予定としております。
個人企業にとって、新型コロナウイルス感染症の影響により極めて厳しい状況が続いていると思いますが、調査対象となられる個人企業の皆様の御事情に配慮しつつ、令和3年調査については、令和3年経済センサス-活動調査と同時に実施し、調査負担を少しでも軽減する措置をとる予定としております。引き続き、個人企業経済調査について、御理解のほどよろしくお願い申し上げます。
(令和2年12月23日)