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医療・公衆衛生

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医療・公衆衛生


筑波大学医学医療系・
ヘルスサービスリサーチ分野 教授
田宮菜奈子

急激に高齢化が進む日本の高齢者医療介護データは、他の国にはない世界唯一の宝物です。これまで医療研究の光のあたらなかった各制度の隙間も、データの力で明らかにできる可能性が。医療・公衆衛生分野におけるデータ利活用のヒントを紹介します。

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医療分野から始まったEBという考え方と推進のポイント

そもそもEB(Evidence-Based)という考え方は医療/医薬の分野から始まった。ヘルスサービスリサーチがご専門の筑波大学田宮教授に、医療政策におけるデータ利活の重要性や可能性ついて話を聴いた。

3つのポイント

  1. 医療や長期ケアの質を分析・研究するのが「ヘルスサービスリサーチ」
  2. 研究の光のあたらなかった各制度などの隙間の部分を、データの力で明らかに
  3. 統計専門家の配置や、異なる地域ごとの情報交換の場がもっと必要

ヘルスサービスリサーチ

ヘルスサービスリサーチとは何ですか?

 30年前に在宅医療に関わり、高齢者の診療をした経験した私は、保健医療介護サービスの相互の提供実態、それらのサービスへスムーズにつながらない・アクセスできない人々の存在、そして、サービス利用後の長期的予後などを分析し、ケアの質を検討する研究が必要であることを感じ、こうした分野での研究を始めましたが、日本ではまだまだマイノリティーでした。そんな時、ハーバード大学に留学する機会を得て、ヘルスサービスリサーチという学問・概念に出会うことができました。まさに私がやりたいと思っていた内容でした。定義としては、「社会的要因、財政制度、組織構造と組織過程、医療技術、および個人行動が医療、医療の質と費用、さらに究極的にはわれわれの健康と安寧 (well-being)にいかにして影響を与えるかを科学的に研究する学際分野である。その研究領域には、個人、家族、組織、制度、地域、および全人口を含んでいる」がよく引用されています。(Lohr KN, et al: Health services research: An evolving definition of thefield. Health Services Research 37(1):7-9,2002 翻訳版二木立『医療経済・政策学の視点と研究方法』(勁草書房,2007)。米国では、ヘルスサービスリサーチとして国の統計やレセプトデータを活用して、医療や長期ケアの質を分析することが多々行われていました。そして、それらの結果に政府も耳を傾け、政策に反映されていくことを知り、日本でこそこうしたヘルスサービスリサーチが重要であることを実感し、帰国しました。

ヘルスサービスリサーチの変遷を教えてください。

 1994年に帰国してあらためて日本の状況を見ると、国の統計やレセプトデータなど、データとしては存在しても、米国のようにそれらを研究者が分析できる体制にないことに気づきました。それから、レセプトデータや国民生活基礎調査の分析に向けた長い道のりが始まりました。当初は大変ハードルが高かった各種の情報も分析が可能になってきました。そのマイルストーンのひとつとして、ハーバードの同級生中心でチームを組み、国のデータを活用して国民皆保険をはじめとする政策評価の研究を進めました。そして、介護保険の導入前後でサービス利用が劇的に増えたこと、しかし所得により差があったことなどを示し、医学雑誌ランセットに発表しました。その後、厚生労働省の二次データ活用の戦略研究の助成を受け、介護レセプトデータ、国民生活基礎調査、中高年者縦断調査などの分析を、学際的な大チームで分析する機会を得ました。

 この研究班をきっかけに、これまで研究の光のあたらなかった各制度などの隙間の部分が、データの力で明らかになってきました。全国介護レセプトを用いて、全国の特別養護老人ホームにおいてユニットケアや栄養士の配備があるところは介護度が悪化しないこと、地域によって要介護者が在宅にいられる期間の差とその要因、国民生活基礎調査を用いては、全聴覚障害の女性は男性より喫煙率や独身率が高いこと、障碍のある児童を育てる母親の精神的ストレスの高さ、長時間介護の女性が心疾患になりやすいことなど、これまで見えていなかった課題を根拠をもって示すことができました。そして、この10年、国のデータ活用システムもどんどん改善されてきました。

 また、2020年には、医療レセプトと介護レセプトが突合された全国データがリリースされる予定です。高齢者の医療と介護は、両輪であって、相互のニーズをあわせて検討することが必要ですが、制度が分断しているためになかなかできませんでした。我々はすでに市町村の方々のご協力をいただきこの突合データを分析していますが、高齢者施設での避けうる入院の実態、疾病の数と介護費用は相関するが同介護度の中では疾病数は関係せず介護度が介護費用を決定している要素が高いことなどを示してきました。これが今後全国レベルで、地域差を含めて明らかにできます。全国500万人の高齢者の方々の医療介護の状況が把握できるデータは他の国にもない世界唯一の宝物です。

国内外の事例

日本のヘルスサービスリサーチの現状をおきかせください。

 先の分析は、市町村の方々にフィードバックをしていきながら、PDCAをまわす仕組みづくりにも取り組んでいます。全国のデータからその市町村の状況を位置づけ、相対的な位置を確認できます。

 たとえば、ある市では、介護レセプトから、介護費用が全国の中でかなり上位のランクであることが分かりましたが、その要因は、施設入所者が多いこと、また、要介護認定の時期が他市町村に比して遅く、予防対策へのアクセスが悪いことだと分かり、対策を市町村の方々とともに検討しているところです。長期的に改善策を実施した後の変化などもデータで確認していきたいと考えています。

 また、すでに解決策まで進めた例としては、3年に一度市町村が実施する介護保険計画策定のためのニーズ調査があり、これを大学と市町村との協働で4期続けてきました。
 この中で、家族介護者のニーズを把握するために、現在介護している介護家族にとって、今後の継続について、1.このまま続けられる、2.何らかのサービスがあれば続けられる、3.やめたい、のいずれかを尋ねたところ、2が最も多く、その中で最も必要とされているサービスはいつでも預けられるレスパイトケア(ショートステイ)であることが分かりました。また、これにより施設入所が防げれば、かなりの介護費用の削減になることも分かりました。

図1 介護保険計画策定のためのニーズ調査結果より
図1 介護保険計画策定のためのニーズ調査結果より

 しかし、現実にはケアマネージャーが空室を探すのに苦労していることが分かりました。そこで、市の担当者の方がモデル事業として、ITを活用したショートステイ空床お知らせシステムを展開してくださり、現在事業として軌道にのってきました。これらは、難しい分析などは不要で、アンケートの単純集計から見つけることができます。

 こうした仕組みは、モデル市町村の方々大学との共同研究として進めてきましたが、いくつかの課題があります。ひとつは、市町村ではデータの分析や解釈を自身で実施することはマンパワーから大変難しいこと、そして自身の市町村のデータが把握できても、他の地域との比較や情報交換がまだしにくい状況であることです。昨今、「見える化」システムができ、限定された内容ではありますが、各種の市町村データが把握できるようになってきました。これらを解釈し、政策につなげるよう、研修会なども行われていますが、まだ一部であり、こうした統計活用のシステムが進むと良いと考えています。

海外での先進事例をご紹介ください。

 英国では、各種の地域データが整備活用されるシステムが進んでいます。特筆すべきことは、これまでの政府の統計は、現場で活用しにくいものが多かったという反省から、地方行政の担い手を中心に、統計を活用する側の人材が集まって、統計を一から作り上げたという経緯があります。ここでは、アウトカム評価の見直し、そしてそれに直結するプロセス評価(退院後の調整ができるまでの期間など、現場ですぐに介入しうる指標)を作り出したところが特徴です。また、我が国にない要素として家族介護者の権利を保障している英国では、介護者のニーズが満たされ、自己実現ができているかという項目などもあることです。これらをもとに、各地域の代表が自身のデータを提出し、議論します。

 しかし、こうしたことが可能になるための大きな違いは、各地区に統計の専門家がいることです。彼らが、統計データの作成、他との比較分析、それに基づく政策提言を実施します。年に数回、これらの専門家が集まり、お互いの数値の動向、改善策実施経験の共有などを行っています。実際に参加しましたが、すべてが統計の専門家ではなく、行政の担当者が統計に触れていくことで、こうした議論に積極的に参加されてくることも分かりました。お互いを尊重し、とても雰囲気の良い会議でした。
 我が国でも専門家の配置も待たれますが、同時に、英国のような情報交換の場を設定することにより、担当者がより統計に親しみ、自らの政策を統計とともに進めていくことは可能になるのではないかと思います。

統計の力

これから課題解決のための統計利活用を始める方達に一言ください。

 このように、あまり数字が得意ではなかった私が、臨床医として地域で働く中で、議論にあがらない数々の重要課題に直面し、その解決にはデータが必要不可欠であること、そして、それを示せることの意義を実感して以来、統計は大切な素晴らしい道具となりました。
 最後に統計の力と意義をお話したいと思います。
 私の好きな言葉に、悩んだ時には、海を渡れ、川を遡れという言葉があります。
 実際に海外に行ってみることはできますが、そう簡単ではなく、また、時代をタイムトラベルすることはできません。
 この時に、統計データがあれば、それが可能になります。今現実の課題に直面していると、それにばかり目がいき、視野が狭くなりがちですが、全体の中で相対化することで初めて見えてくる課題も多々あります。また、過去からの推移を把握することで、今後の対策も検討が可能になります。

 医療関係の方には、世界医師会前会長のマイケル・マーモット先生が講演でお話になられた「なぜ、病気が治った人を病気になった環境に返してしまうのか」という言葉をお伝えしたいと思います。その課題を解決するには、住んでいる地域や生活環境、経済状況などの把握が不可欠です。しかし、病院に訪れた患者さんからは、こうした状況は把握できません。そこで、統計データが役立ちます。

 しかし、こうして統計を活用する際には、その数字の意味を確認する必要があります。
 5w1h、すなわち、「いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」とられたものか、には注意していくようにしたいものです。
 また、こうした数字を出し、分析する専門家の力も不可欠です。日本では統計専門家がまだ不足しています。貴重な現実を見る鏡である統計は、みんなが正しく積み重ね、活用することで、より良い社会をつくっていくことができます。それには、専門家を増やしつつ、みんなが統計に親しみ、リテラシーを高め、活用していくことが大切だと思います。統計局の出されているアプリは良いツールだと思います。そうして、統計が苦手と思っている人も、きっと統計の魅力を知ることができると思います。私のように。

プロフィール

筑波大学医学医療系・
ヘルスサービスリサーチ分野 教授
田宮菜奈子 たみやななこ

臨床の在宅診療経験を原点に、入院医療から地域への連続性、サービスへのアクセス、質のアウトカム評価の重要性を感じ、公衆衛生大学院生として米国で出会ったヘルスサービスリサーチ(HSR)の考え方を日本に導入。老人保健施設長などを経て我が国初のHSRの研究室を2005年に筑波大学で開設。以降一貫して、保健医療介護福祉を含むHSRを推進している。

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