岡山大学大学院・経済学部 教授 中村良平
地域経済は、どのように成り立っているのでしょうか?そして、地域の稼ぐ力や成長の原動力は、どのように見極めることが出来るのでしょうか?データの利活用によって客観的に地域経済を把握する方法やヒントをご紹介します。
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地域経済分析
岡山大学大学院・経済学部 教授 中村良平
地域経済は、どのように成り立っているのでしょうか?そして、地域の稼ぐ力や成長の原動力は、どのように見極めることが出来るのでしょうか?データの利活用によって客観的に地域経済を把握する方法やヒントをご紹介します。
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まちづくりのための地域経済に繋がるデータ利活用について、地方自治体が抱える問題に対してのデータの分析方法について、都市経済・地域経済を専門とする岡山大学大学院・経済学部の中村良平教授に話を伺った。
皆さんは、まちの産業をどのようにとらえているのでしょうか。地域経済の活性化を考えるときに、これは大事なポイントとなります。
われわれの周りを見てみますと、郵便局や銀行、ヘアサロン、スーパー、個人病院、幼稚園、小中学校などがあります。また、近くに大きな工場があるかもしれません。そういった企業やお店の顧客はどこにいるのでしょうか?まちの中でしょうか、それともまちの外でしょうか?
まちの産業を見るときに、その顧客がどこにいるのか、言い換えるとどこから収入を得ているのか、まちの外からお金を稼いでいる産業なのか、それとも主にまちの中でお金を稼いでいるのかというように産業を分けてみると、地域経済がはっきりと見えてきます。つまり、まちという地域経済を見るうえにおいて、産業を二つに分類しておくととても便利ということです。
ここで、まちの外を主な販売市場とした産業を「域外市場産業」と呼ぶことにします。一般的には、農林水産業、鉱業、製造業、宿泊業、広域の運輸業などが該当します。水産業のまちであれば水産物や水産加工品で、観光のまちであればお土産品や観光客に対する宿泊サ−ビスが該当します。また企業城下町であれば、電気製品など工業製品を生産し出荷する部門ということになります。これらの産業の生産物は、その大半が「域外の企業や人」の需要となります。大都市では、一部のサービス業も域外を市場としています。たとえば、全国が対象の放送サービス業とかシンクタンクなどがそうです。
もう1つは、地域内で生じる様々な需要に応じて、財やサ−ビスを提供する産業です。それは、域外市場産業の生産活動からの派生需要や地域住民の日常生活に必要な財やサービスを供給するので「域内市場産業」ということができます。建設業、小売業、対個人サービス、公共的サービス、金融保険業、不動産業などが該当するでしょう。
域外市場産業は、地域経済成長の原動力で所得の源泉となることから、別名、「基盤産業」とも言われます。
実はこの単純な産業二分法に基づくと、域外市場産業、つまり基盤産業の規模によって「まちの人口」が決まってくることになります。
まちの外に製造品を出荷して、域外からマネーを獲得する事業所が立地し、新規の雇用が1000人増えたとしましょう。これによって、
といった域内市場を対象とした産業が生まれます。これらは非基盤産業とも言われるものです。
ここで経済基盤比率という重要な概念があります。これは基盤部門と非基盤部門の割合を示すもので、基盤部門の雇用者に対する非基盤部門の雇用者の比率です。
仮にそこで派生される雇用者が3000人であったとしましょう。そうすると経済基盤比率は3.0となります。基盤部門千人の雇用者に対して3000人の非基盤部門の雇用者が生まれ、全体で4000人の増加という意味です。
経済基盤比率の値が大きいほど基盤産業から派生してくる域内市場産業の数が多くなり、まちの規模も大きくなってきます。
このように地域の従業者数が基盤産業の水準によって決まるというアプロ−チを経済基盤モデルといいます。ここで,4000人を基盤部門の1000人で割った値は経済基盤乗数と言われています。
基盤産業を如何に見極めるかについては、統計的にさほど困難ではありません。「地域産業連関表」という経済主体間と地域間の取引表を見ることで、地域における移出と移入の結果である交易収支がプラスの産業部門が基盤産業に該当することがわかります。しかし、この表は作成に時間と手間がかかることから、地方自治体が公表する完成時には現在から5年以上の遅れとなっています。そういった時に比較的早期に公表され、信頼度もより高い産業別の従業者数を使って移出産業を識別する方法があります。
これまで基盤産業には、農林水産業、鉱工業、宿泊業などが、移出財を生産する産業として先験的に規定されてきました。そこでは、当然のことながら産業分類の細かさが大いに識別に影響してくることになります。
たとえば、飲料という部門には、お茶、ビール、日本酒、ワイン、清涼飲料水など品目の異なるものが含まれています。あるまちでビールや清涼飲料水を生産して、その大半はまちの外に出荷されているとします。しかし、日本酒やワインは製造していないので、まちの需要に応じて域外から移入しています。飲料部門としては域外からマネーを獲得していますが、移入の方が大きいかも知れません。そういった場合には、飲料部門という分類では基盤産業とは見なされないことになります。
また多くの場合、農業部門や鉱工業部門に属する産業は移出産業と見なされることが多いです。しかし、東京や名古屋、大阪のような大都市を考えてみると、確かに農業も存在しますが、そこでの生産物が移出されている額は非常に小さく、むしろ移入額の方が圧倒的に大きいと考えられます。そういった場合、東京などの大都市での農業部門は、「純移出がプラスである」という基盤産業の必要条件からすれば、それは基盤産業とはならないのです。
そうなってくると、われわれは自分の地域にとって成長の原動力となり得る基盤産業を見つけ出す必要があります。域外マネーを稼ぐには、まず、目に見える財(モノ)を域外に出荷して稼ぐというのがもっともオーソドックスです。
基盤産業を見つける簡便な方法として特化係数というのがあります。特化係数というのは、ある地域の産業の相対的集積度、つまり強みを見る指数でもある訳です。
たとえば、岡山県倉敷市について、総務省の2014年経済センサス基礎調査によると、繊維工業従業者の全産業の従業者数に占める割合は3.15%です。他方で、日本全体の繊維工業の従事者割合は0.65%です。この3.15を0.65で割った値の4.85が倉敷市の繊維工業の特化係数ということになります。
この特化係数は、日本国内において、その地域のどの産業が比較優位にあるか、つまりその地域の中での強みは何か、ということを知る指数ですが、実際には海外交易があるので、世界における強みを見なければなりません。そのために、国内自足率で特化係数を調整した修正特化係数というものを定義します。この修正特化係数が1.0を超える産業が、移出力のある基盤産業だということになります。修正特化係数とは、いわば地域の「稼ぐ力」を示した指数だと言えるでしょう。
伝統的な農林水産、鉱工業、観光以外にも、小さくても地域の基盤産業は数多く見つけることができます。
例えば、まちにある行列のできるラーメン店やまちの外から買いにくるスイーツのお店(スイーツはそのお店で製造されている)、評判の道の駅や産直店、カリスマ美容師のいる美容サロンなどはどうでしょうか。まちの外からの人を惹きつけ、外貨を稼いでいるわけです。観光と同じです。
これまでの基盤産業の考え方は、主にものづくり産業でした。目に見える財(モノ)を輸送して域外に出荷して稼ぐことができる産業のことです。しかし、実はサービス業も域がマネーを稼ぐ基盤産業になり得ることが以上のことからわかります。
特化係数を使って、まちの発展の推進力となる基盤産業を識別することができます。また、同時に、まちで雇用を生み出している産業が何なのかもデータを使って客観的に把握することができます。
これらを組み合わしてみることで、
の4つにまちの産業を類型化することができます。
皆さんのまちにおいても、こういった統計データを少し工夫してもちいることで、どういった産業に力を入れていくと、まちの活性化に資することができるかがわかると思います。
「地域産業構造の見方、捉え方」 中村良平教授 (総務省:平成28年)
岡山大学大学院・経済学部 教授 中村良平 なかむらりょうへい
1953年香川県高松市生まれ、京都大学工学部衛生工学科卒業、筑波大学大学院環境科学研究科及び社会工学研究科修了、近畿大学商経学部助教授を経て、岡山大学大学院社会文化科学研究科及び経済学部教授。2018年4月からは同特任教授。他に、東京大大学客員教授、和歌山県顧問(データ利活用推進センター)、一般財団法人日本経済研究所理事、独立行政法人産業経済研究所ファカルティフェローなどを勤める。専門は、都市・地域経済学、地域公共政策、環境経済学。研究分野は、地方自治体における新たな地域産業連関表の構築と地域経済構造分析など。近著に「まちづくり構造改革2」(日本加除出版、2019年2月)。