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※ 消費者物価指数の作成方法や小売物価統計調査については平成11年7月当時のものです。現在の指数作成方法や調査については、「消費者物価指数の解説」、「消費者物価指数に関するQ&A」、「小売物価統計調査に関するQ&A]」をご覧ください。
〜本当に消費者物価指数は「実態より高め」か?〜
平成11年7月
平成11年5月11日付けの日本経済新聞の朝刊に,消費者物価指数(以下,CPI)の精度に関する記事が掲載されました。
記事を要約しますと,「最近のCPIの動きを見ると,卸売物価指数(以下,WPI)や企業向けサービス価格指数(以下,CSPI)と乖離が見られる。日本銀行は,この要因はCPIの作成方法に問題があるためだとして,総務庁(現総務省)に改善を求める要望書を提出した。これに対して,総務庁(現総務省)は,指数に誤差が生じている証拠は乏しいと反論している。」といった内容です。
そこで,この記事に至る経緯やその詳細な内容について御説明したいと思います。
CPIは,従来から5年ごとに基準時を改めるとともに,出回り商品の変動や消費構造の変化を的確に反映するため,調査品目やウエイト等についても改定を行っています。これを基準改定と呼んでおり,次回は平成12年がこの基準改定の年となります。
統計局では前回改定と同様,基準年の前年に当たる11年3月に日本銀行を始め関係府省に対して,次回基準改定に関する意見や要望がないかを照会しました。記事にある「日本銀行からの改善要望書」は,この照会に応じて日本銀行から出されたものです。
まず,問題として取り上げられたWPIなどとの乖離について見てみましょう。
記事では,最近,WPIが大幅に下落しているにもかかわらず,CPI(生鮮食品を除く総合)の平成10年度平均は,前年度より 0.2%の下落にとどまっていると指摘しています。
しかし,異なる経済指標を比較するには,定義や範囲の相違を考慮する必要があります。WPIには,一般消費者向けの商品以外に,輸入原材料や最終的な製品になる途中段階の商品(中間財),工場や事務所の設備器具なども含まれています。一方,CPIには,WPIが対象としていない鉄道運賃や大学の授業料など消費者向けのサービスの価格が含まれています。
そこで,CPIの「商品(生鮮食品を除く)」と範囲が最も近いWPIの「最終消費財(国内品)」で比較すると,最近は両指数ともほぼ横ばいで推移しており,同じ動きをしています(図参照)。
なお,両指数の水準にレベル差が見られますが,これはWPIでは耐久消費財のウエイトが高い(カラーテレビはホテルが客室用に購入する場合もあります。このように企業が購入する耐久財は本来,資本財に分類されるべきですが,WPIでは,カラーテレビなどは,すべて消費財となっています。)などバスケットに違いがあること,小売価格は卸売価格に比べて,人件費や輸送費などの流通経費が含まれているため,卸売価格に比べて下落率が小さくなる傾向があることによるものです。
CSPI(企業向けサービス価格指数)も機器のリース,情報処理サービスなど企業向けサービスを対象としており,CPIが把握している消費者向けのサービスとは内容が大きく異なっています。
日本銀行のある職員の個人的な試算によると,現行のCPIは,(1)品質の向上による実質的な値下げで0.7ポイント,(2)ディスカウント店を対象としていないことで0.1ポイント,(3)安い品目への需要シフトなどで 0.1ポイントと,合計で年率では 0.9ポイントほど実勢より高く出ている可能性があると,記事では指摘しています。
この試算を詳しく見ると, アメリカの CPIについて改善を勧告したボスキンレポート(*1)を基にしたもので,かなり大胆な前提と誤解に基づいた推計となっています。例えば,品目別価格指数の上方バイアスは,アメリカが採用している独特の価格調査方法に起因するものであり,全く調査方法が異なる日本では,このようなバイアスは生じません。
また,最も大きな乖離要因とされている「品質向上についての調整が不十分ではないか」との指摘については,アメリカのある研究者が試算した耐久消費財全体で1〜1.5 ポイント上方へ偏りがあるとの結果に基づく推計値ですが,品質調整の評価は難しく,国際的な評価が定まっていないこの研究を前提にした試算には,十分な根拠があるとはいえません。品質調整については後述しますが,日本のCPIではILOのマニュアルに記述されている国際的に標準といえる調整方法を採用しています。
そのため,日本のCPIについて試算した日本銀行の職員自身が,「多くの大胆な仮定の上に試算した結果で」あり,「数値は,必ずしも精度の高いものではないとの点は十二分に念頭におく必要がある。」とのただし書を付しています。
*1:1996年12月にスタンフォード大学のボスキン教授を委員長とする「消費者物価指数諮問委員会」(アメリカ上院財政委員会により設立された委員会)が発表したレポート。
次に,記事にある日本銀行が指摘した現行CPIの問題とされる点についてみてみましょう。
1点目は, 調査地域が商店街を中心とした狭い地域であるため, 郊外型のディスカウント店等の価格動向を把握できていないとの指摘です。現行の調査店舗は,商店街や繁華街だけから選定しているわけではありません。また,調査品目によっては,調査地区を定めず,調査市町村全域から調査店舗を選定しています。
最近は郊外型店舗での購入が更に多くなってきているとの指摘もありますが,その一方で大型店がかなり増加し,以前よりも商圏が狭くなっている地域もあります。したがって,各地域の実態に即して,今後も随時見直しを行っていく必要があります。
2点目は, 調査の曜日が平日に偏っており, 土曜日などのバーゲンを反映できていないとの指摘ですが,通常,バーゲンや特売は特定の商品が対象となっており(例えば,すべてのメーカーのしょう油が対象とはならない),その特定商品を対象とした短期間のバーゲンの価格を採用すると,すべての商品の価格動向を安定的にとらえることができません。
3点目は,各品目( 例えば,スイートコーン缶詰 )について,特定の商品(ホールカーネル(つぶ状),内容総量 435g・固形量 275g入り)の価格だけを調査しているため,競合する商品の需要が増えた時には,その価格が指数に反映されないので,複数の商品を調査すべきではないかとの指摘ですが,消費者物価指数では,各品目の中で最も販売額が多く,出回りが安定している代表的な商品(総務庁(現総務省)統計局では「基本銘柄」と呼んでいます。)の価格を調査しています。一般的に,同一品目内の商品は類似性が高く,商品同士の競合関係が強いため,短い期間でみると競合により価格の動きにバラツキが生じますが,趨勢としてはほぼ同じ動きをしているとみられます。また,競合のために,売上げ下位の商品ほど価格の変動を伴いながら売上げシェアが大きく変動する傾向があります。各品目から複数の商品を選定して調査する場合には,売上げ順位がやや低い商品を含めることとなるので,むしろ競合によって生じる価格代替効果(商品の価格変化に伴う販売量の変化)の影響により,価格指数に偏りを生じる(*2)恐れがあります。
なお,調査する商品については,基準改定における全面的な見直しに加え,出回り状況を年に4回調べ,見直しを年2回行っており,調査する品目の代表性を維持するようにしています。また,商品の特性が異なり,価格の推移が異なる場合(例えば,店頭販売される牛乳と配達される牛乳は,後者が配達サービスのコストが含まれるため,価格の推移が異なる。),消費者物価指数では,それぞれを別の品目に区分しています。
*2:基準時の各商品のウエイト(シェア)を用いて指数を作成すると,価格の変動と販売量の変動の間には一般的に負の相関関係があるので,各商品の指数を基準時のウエイトで加重平均した品目の指数には偏り(上方バイアス)が生じる。
4点目は,調査する商品を変更する際,製品の品質や性能の向上による実質的な値下がりなどが反映されていないとの指摘ですが,物価指数は商品の品質が一定という条件の下での価格変化を把握するものです。したがって,新旧両商品の価格差を,(a)品質の変化に対応する部分と,(b) 品質一定の下での純粋な値上げ(ないし値下げ)部分に分割し,後者のみを指数に反映させることとなります。前者の品質変化に対応する部分を数値化(価格に換算)し,指数に含まれないように調整することを品質調整と呼んでいます。この品質調整を行う際の基本的な考え方は,出回りが同程度の二つの商品は,同一時点で同一店舗において同一条件で販売されている場合に,両商品の価格差は質の差を反映しているという広く受容されている考え方に基づいています。実際に調査する商品を変更する場合には,この考え方に基づいて,個々のケースについて吟味する必要があります。具体的には,(1)質の差がほとんど無いとみられる場合は,価格の違いは質の差を含んでいないと評価して,新旧商品の価格を直接比較(調整をしない)します。また,(2)数量に比例した差があるとみなされる場合には数量に比例する調整を行い,(3)質の差があるとみなされる場合には同一調査時点の両者の価格を調査して,その価格比を使って調整する方法(いわゆる価格リンク)を採っています。
なお,品質の差を調整する方法の一つとして,ヘドニックアプローチという回帰モデルを用いた方法が知られていますが,この方法も価格差は品質差を反映しているという考え方に基づいている点では,上記の調整とまったく変わりません。しかし,ヘドニックアプローチによる品質調整は,(1)多くの商品の価格が必要になるのですが,通常,売れ筋といわれる商品の数が限られており,多くの商品が同程度の出回りで,同一条件で販売されているとは考えられないこと(売れ筋と売れ筋でない商品の価格差は品質の差を反映していると考えることはできない。),(2)完全な回帰モデルを推計することが容易ではないこと,さらに,(3)適切な回帰モデルを常に維持していかないと過剰な調整を行ってしまう危険があることなどから,ヘドニックアプローチについては,慎重な意見が多く出されています。
我が国のCPIは, ILOの国際基準にも準拠し, 極めて精緻な方法により作成されているものです。日本銀行からの指摘は,誤解に基づくものも多いので,日本銀行に対しては,改めて説明し,理解を求めていきたいと考えています。また,平成12年基準改定に当たっては,過去の改定と同様,関係から出された要望や意見等も踏まえて,検討を進めていきたいと考えています。今後とも関係者の方々の御協力をお願いいたします。
